一人ぶんの余白
東部支所の会議室で、古川律は結界糸を机に広げた。三人の通過でできるはずの結び目が四つある。霊的な荷物を背負っていた可能性もあるが、現場にいた全員が何も感じなかった。
井波が古い資料庫から似た記録を持ってきた。二十年前、路地へ入った退魔師の小隊でも人数の不一致があったという。氏名欄の空白と、帰還後に現れた余分な靴跡。あの未整理の鍵束も、同じ路地に関係していた。
「欠けた人を探しているのか、増えた誰かを数えているのか」
井波の問いに、誰も答えられなかった。
律は図書館で消えた十七頁の写しを見せた。頁の余白には、店の名前と別に古い地名が二つ並んでいる。木戸の奥へ続く道は、かつて町の外れにある小さな寺まで通じていたらしい。
三崎はその寺を調べる前に、茶舗へ経緯を伝えに行くことを提案した。調査のために老女の暮らしへ立ち入っている。話せない内容もあるが、知らせるべきことは知らせる。
商店街の古い寺は、戦災で焼けて跡地になっていた。図書館の資料には境内図が残るが、現在の土地は複数の家へ分かれている。律は所有者の許可なく踏み込めない場所を地図へ記した。紙の上では一筆で引ける線も、いま暮らす人の家を横切っている。
翌朝、澪が商店街を訪ねると、茶舗の店先に見慣れない若い男性がいた。背の高い、静かな目をした人だった。老女は彼を客として迎え、二人分の茶を用意している。
「久しぶりですね」と老女が言った。男性は小さく頭を下げただけだった。澪は名を尋ねなかった。自分が確かめるべきなのは、路地の先へ安全に戻れる道の方だった。




