誰も通らない路地
木戸の調査には、東部支所から三崎と篠原澪が加わった。古川律は路地の入口に細い結界糸を張り、通行人が誤って迷い込まないよう看板を置いた。工事中の名目で、商店街には事前に許可を取ってある。
三崎が木戸を叩くと、返事はなかった。澪は道路台帳を見比べ、幅が変わらないはずの路地が一歩進むごとに狭くなることを確かめた。二人の肩が触れそうになった頃、後ろから律の声がした。
「そこから先は、測れません」
律の巻尺は十メートルを示していた。目で見る距離は三メートルほどしかない。澪は自分の足跡を見ようとしたが、石畳には何も残っていなかった。
木戸の向こうでは湯が沸き続けている。茶舗の老女は毎日その音を聞いて暮らしてきた。怖がる必要がないと言ったわけではなく、怖いからこそ一人で戸へ近づかないのだと分かった。
三崎は戻る判断をした。律はもっと測りたそうだったが、無理に進めば計測器だけでなく人員も失う。記録上の空欄を埋めたい気持ちで、誰かの暮らしを壊すべきではない。
三崎は路地の入口へ置いた看板を、店の営業時間が終わる前に撤去するよう頼んだ。通行人が怪しんで勝手に奥を覗けば危険が増える。律は残した糸の位置を測り、翌朝も同じ場所にあるか確認することにした。門の奥だけでなく、門の外の暮らしも守る必要があった。
退く時、澪の耳元を紙の擦れる音が通った。何も持っていないのに、手帳の頁が一枚だけ増えている。白い紙の中央に『戻ってから数えること』と筆で書かれていた。
澪は木戸を離れてから人数を数えた。律、三崎、自分。三人いた。だが結界糸には、四人が通った時のように結び目が一つ増えていた。




