消された頁
都立図書館の郷土資料室で、借り出した本の十七頁だけが白くなる事件が続いた。紙が破れたわけでも、インクが落ちたわけでもない。利用者が返却すると、元通りに文字が現れる。
退魔師の古川律は、図書館から相談を受けて閲覧席に座った。検証のために本を持ち出すことは許されていない。まず自分が借りる手続きを踏み、白くなった頁の隅を指でなぞった。
消えるのは、明治の商店街の名簿が載った箇所だけだった。律は別の版本を開き、両方を比べた。欠ける頁には一軒の茶舗の名がある。店は今も営業していた。
図書館員の泉は、貸出履歴を調べて奇妙なことに気づいた。白くなる本を借りた人の中に、同じ住所の利用者が四人いる。住所は茶舗の裏の短い路地だった。どの人も最近引っ越してきたわけではない。
「これ、借りなかったことになっている人もいるんです」
泉は返却箱の記録を示した。読み取り端末には空欄が一つあり、時刻だけが残っている。
泉は窓際の本を閉じ、複写機の紙詰まりを直した。閉館前の仕事は、まだ山ほどあった。
図書館員の泉は、貸出履歴へ勝手に印を付けることを嫌がった。個人の読書記録は調査道具ではない。律は必要な範囲だけを伏せ字にしてもらい、元の資料には触れなかった。誰かの秘密を守る仕事と、異常を確かめる仕事は、同じ机の上でぶつかることがある。
律は図書館の機械の故障を先に疑った。メーカーの点検でも異常はない。紙だけでなく記録からも、路地に関する何かが抜け落ちていた。
閉館の放送が流れると、本の文字がゆっくり戻った。律は消える前に控えた屋号を手帳へ記した。墨のような字は、ページを閉じても薄くなり続けた。




