渡しの待合
河川管理事務所から許可を得て、奈央たちは高架下に簡単な照明を設置した。怪異を追い払うためではない。夜間に河川敷を歩く人が段差を見落とさないようにするためだった。
工事の立ち会いで来た職員は、護岸の補修を来月に予定していると話した。旧船着き場の階段を埋め、柵を一本増やす工事だ。奈央は設計図を確認し、傘が現れる場所は工事範囲から外れていると分かった。
その夜、海老原が待機していると、白い傘がひとりでに開いた。傘の下に人影はない。風も吹いていない。傘は川の方へ向き、しばらくして閉じた。
海老原はすぐには札を投げなかった。「知らせてくれたのかもしれない」と奈央へ無線で伝える。奈央が来た時、護岸の隙間には泥水が滲み出ていた。雨は降っていない。古い排水口から水が逆流し始めていたのだ。
河川管理の緊急班が呼ばれ、排水口は夜のうちに塞がれた。放っておけば高架の下に大きな水たまりができ、歩行者が転落していた可能性があった。
緊急班の作業を見守る間、奈央は濡れた護岸へ足を出さなかった。照明を当てても水の深さが測れず、川底に古い石が残っている。保守員は長い棒で足元を探りながら作業した。危険を知らせたものが誰であれ、実際に修理する者の安全は現場の人間が守るしかない。
朝、待合所の跡には一本の傘もなかった。奈央は白い傘が出たことを報告したが、それを原因とは書かなかった。異常が示したものと、実際に壊れた配管は別の事実だった。
保守員は照明を残してよいと申し出た。次の雨の日、傘が現れたのは照明の届く場所ではなく、旧渡し場の説明板の下だった。




