傘の裏側
高架下の観測札は三晩続けて反応した。ただし妖気が強いわけではない。傘の数が変わる瞬間に、札の裏へ水滴が一つ付く。越智奈央は見張りの時間を変え、橋脚から離れた位置に座った。
午前一時、傘のない高架下で、濡れた足音が近づいた。誰も見えない。足音は船着き場の跡まで来ると止まり、しばらくして立ち去った。
「渡りたい人がいるのかな」
同行した退魔師の海老原は、昔の川筋を示す地図を広げた。渡し船は橋が架かったことで廃止されたが、橋が完成してからも数年、船頭たちは営業を続けた。川の反対側には病院と学校があった。
翌日、奈央は橋の下で拾われた古い傘の持ち主を調べた。記名のある傘は二本だけで、どちらも現在の住民に返すことができた。片方は近所の男性が買い物の途中で忘れたものだった。
「父もここで傘を預けたことがあります」と男性は言った。幼い頃、雨の船着き場では誰もが傘を交換して帰ったという。待合所に置いた傘は、帰る時に別の傘になる。それが気にならないほど、人の行き来が多かった。
奈央は河川敷の掲示板へ目を向けた。古い渡し船の写真が貼られており、傘を持つ乗客が小さく写っている。誰も同じ柄の傘を持っていない。忘れ物を拾って交換する暮らしが、今の遺失物の手続きとは違う形で続いていたのだろう。
奈央は橋脚に残る釘穴を見つけた。小さな傘立てがあった位置だろう。誰かの記憶であるなら、無理に止める理由はない。しかし今の河川敷には、人が落ちれば助けにくい急な護岸がある。
夜、足音が向かった先のフェンスだけが、朝になると細く濡れていた。




