高架下の傘
荒川沿いの高架下で、雨のたびに傘が増えた。畳まれた傘が一本、二本と並び、夜明けには必ず一本だけ残る。持ち主を確認できない傘は区の遺失物担当が回収していたが、数日後にはまた同じ場所へ戻っていた。
退魔師の越智奈央は、回収の記録と現物の特徴を照合した。赤い持ち手の傘は、前回のものと柄の傷が違う。誰かが同じ傘を運んでいるのではなく、似た傘が集められているらしい。
「人が隠れて暮らしているわけじゃありませんよ」
高架の保守員は巡回経路を示した。橋脚の間に寝泊まりする人は近年いない。それでも奈央は足元の食べ物の包み紙を拾い、誰かがここで雨を避けていたかどうかを調べた。
橋脚には、かつて渡し船があったことを示す小さな説明板がある。高架の下は昔の船着き場だった。傘を置く場所は、ちょうど渡し場の待合所があった位置と重なっていた。
奈央が近隣の店舗へ聞き取りに行くと、店員は「雨の後に傘が増える日だけ、鳩が来ない」と教えた。
夜の見張りには、河川敷で釣りをする人も通りかかった。奈央は危険な護岸を避けるよう声をかけ、道の明るい方へ案内した。釣り人は「ここは昔、待ち合わせる場所だった」と教えてくれた。橋の陰で聞く川の音は今も変わらないのだという。
奈央が一晩待つと、午前三時に若い女性がやって来た。傘を一本置き、手を合わせて帰ろうとする。奈央が声をかけると、彼女は祖父の月命日だと話した。祖父は雨の日も渡し場に立ち、人が川を渡るのを助けていたそうだ。
女性が去ったあとも、傘は一本増えた。誰も来なかった時間に、白いビニール傘が一本だけ並んでいた。奈央はその傘を開かず、橋脚に小さな観測札を貼った。




