板戸の約束
古い水路の地図を置いた翌朝、稲荷社の賽銭箱には封筒が一つだけあった。中には三百円と、七つの小さな木の実が入っていた。早瀬由布は松代と相談し、借家の北の軒下を修繕することにした。
人間の家主から許可を受け、大工が壊れた雨樋を付け直す。小さい引き戸は触らない。板戸を塞がず、雨が中へ入らないよう庇だけを延ばす。由布は大工が使った釘の位置を一つずつ確認した。
作業が終わると、戸の隙間から乾いた葉が七枚出てきた。音はしない。由布が拾おうとすると、松代は首を振った。「お礼かもしれませんし、掃除のごみかもしれません」。
由布は笑った。意味を決めない方がよい時もある。
午後、近所の子供たちが参道で鬼ごっこを始めた。松代が注意しようとすると、由布は見守った。契約書の『連れ込まない』は、神社で遊ぶなという意味ではない。誰かを境界の向こうへ連れて行くなという戒めだった。
会計帳には硬貨の枚数も記した。額だけでは、同じものが繰り返し届くか見分けがつかない。
修繕した庇は小さいが、裏庭の通路に雨が落ちにくくなった。大工は見えない借家人のために作業したとは知らず、古い板戸を守る仕事だと思っていた。由布も訂正しなかった。人間の説明で足りるところに、あえて不思議な理由を差し込む必要はなかった。
夕暮れ、戸の向こうから小さな鈴の音がした。社の鈴緒は揺れていない。由布は振り返らず、参道の出口まで歩いた。
三百円の封筒は、その後も毎月届いた。松代は現金の扱いに困り、神社の会計に『出所不明の奉納』という項目を新設した。人間の手でできることは、それくらいだった。




