狐面の子
小さな引き戸の前で、早瀬由布は子供の靴を一足見つけた。赤い運動靴で、片方には持ち主の名前が書かれている。区内の小学校の児童だった。
由布は即座に学校へ連絡した。連絡帳の確認で、靴の持ち主は無事に登校していると分かった。児童の祖母が、古くなった靴をお焚き上げに出したらしい。松代は受け取った覚えがあった。
「人間の子供を連れ込まない、と書いてあるのに」
松代が契約書を見直す。由布は靴の裏を調べた。泥の付着はなく、代わりに小さな木の実が三つ転がり出た。
夕方になると、引き戸の向こうから幼い声が聞こえた。「靴がほしい」。ひとつではない。細い声が重なっていて、言葉が途中から葉の擦れる音になる。
由布は術を使わず、「子供を迎える約束はしていない」と返した。向こう側は静かになり、やがて引き戸の下から銀の鱗が押し出されてきた。前日の封筒にあったものと同じだった。
児童の祖母に話を聞くと、靴は小さな供養箱へ入れたという。家族に悪いことが起きないようにではなく、長く履いた靴に礼を言う習慣だった。由布はその気持ちを大切にしつつ、靴の所在だけ確かめた。異常な出来事の中心にも、普通の家族の暮らしがあった。
松代の家に伝わる祭礼帳には、昔この社の裏手にあった池で、魚を育てる小さな神事が記されていた。干上がった池は住宅地になり、魚の鱗だけが礼の品として残ったらしい。
由布は鱗を返し、代わりに古い水路の地図を置いた。数日後、靴は引き戸の前からなくなった。登校している児童に何も起きていないことを確かめたうえで、由布はまた社へ向かった。




