狐の借家
台東区の小さな稲荷社で、賽銭箱の下に家賃のような封筒が置かれるようになった。禰宜の松代は最初、近所の子供の悪戯だと思った。封筒には三百円と、丁寧な字で『今月もお世話になります』と書かれていた。
ところが防犯カメラには誰も写らず、雨の日でも封筒は乾いている。相談を受けた退魔師の早瀬由布は、境内の敷石を一枚ずつ見た。参道の端に、獣の爪のような小さな傷が三つ並んでいる。
「狐でしょうか」と松代が聞く。由布は「狐に似たものは多いです」と答えた。神社に関わるすべてが神の使いというわけではない。
社の裏には、古い借家が一軒あった。住んでいた老人が施設へ移ったあと空き家となり、庭木の手入れだけが続いている。賃借の記録は戦前まで遡り、最後の契約者の名前が読み取れなかった。
由布が物置の戸を開くと、米粒が二つ置かれていた。空気が冷たくなる。壁の一角には人が入れないほど小さな引き戸があり、取っ手だけが新しく磨かれている。
三百円の硬貨は毎月違う年号だった。由布が調べると、発行されていないはずのものは一枚もない。奇妙なのは封筒の方で、どれも同じ紙質なのに製造元が見つからなかった。小さい者が人間の貨幣を使う理由も分からないまま、会計だけが増えていた。
松代は「閉めた方がいいでしょうか」と尋ねた。由布はすぐに決めず、所有者の許可を取り直した。借りている者がいるなら、その借り方を確かめる必要がある。
夕方、賽銭箱に四枚目の封筒が入った。中身は三百円ではなく、銀色の魚の鱗だった。由布は封筒ごと保管し、薄暗い参道をもう一度歩いた。




