鈴を鳴らす人
院内の慰霊室があった場所は、今は医療器具の倉庫になっていた。久我千鶴は管理者の立ち会いで棚を動かし、古い壁に取り付けられた金具を見つけた。鈴を掛けるための輪が一つ残っている。
「供養の道具でしょうか」
師長が問うと、千鶴は決めつけなかった。金具の横には看護師の当番表が貼られていた跡があり、慰霊室は単なる祈りの場ではなく、夜間に職員が立ち寄る場所だったらしい。
調査に協力した元清掃員は、昔の慣習を覚えていた。鈴を鳴らすのは霊を呼ぶためではない。小児病棟で泣く子がいたら、他の階の職員へ応援を頼む合図だった。
「声を張り上げると、他の子も起きるからね」
千鶴は鈴を持って倉庫へ戻った。紐は朽ちていたが、金属の音色は澄んでいる。試しに一度だけ鳴らすと、廊下の向こうで小さな足音がした。そこは今、誰も歩けない壁の内側だった。
病院側は鈴を保存資料として扱うことを決めた。千鶴は術で封じる代わりに、夜間の巡回経路と、少年の心理的なケアの手順を師長と組み直した。
元清掃員は、鈴の紐を結ぶのがいつも下手だったと笑った。ほどけるたび看護師が手を貸してくれたという。千鶴は小さな慣習の中に、夜の病棟を支えた人たちの関係を見た。怪異がなくても失われてはいけない記録だと思い、資料の保存を師長に頼んだ。
その夜、少年の窓には何も現れなかった。歌も聞こえない。看護師は少し寂しそうにしたが、千鶴は無理に鈴を鳴らさなかった。
看護記録には、少年が手術について初めて自分から質問した、と記された。誰が慰めていたにせよ、これから答えるのは生きている大人の仕事だった。




