工事の仮囲い
橋脚の補修で下部通路に新しい仮囲いが設置された。相良は朝の点検で、通勤客の動線が以前より狭くなっていることに気づいた。管理会社は規格に合っていると言ったが、車椅子が曲がるには余裕がない。奈央が実際に試し、角度を変える必要を示した。
工事責任者はすぐ図面を書き直した。一日の作業が遅れるが、その先で誰かが事故に遭うよりいい。見張りの職員は通路の幅を測り、誘導看板の位置を確かめた。
仮囲いの作業員は、工事用の靴で濡れた床を歩き、滑り具合を確かめた。奈央も同じ靴を貸してほしいと言いかけてやめた。サイズが合わない靴で試せば、別の危険が生まれる。現場主任は歩行試験を担当できる者を選び、必要な保護具を用意してから実施した。
雨が強くなる予報を受け、責任者は足場の覆いを一段増やした。工事の予定は、空の様子にも左右される。
昼休み、仮囲いの向こう側から工具の落ちる音がした。作業員を数えても全員いる。鉄片は別の保管箱にあり、誰も橋脚の中へ入っていない。相良は現場を一時止め、転落物の可能性を確認した。
奈央は仮囲いの下へ小さな鈴を置いてみた。金属音が鳴れば振動が伝わる。午後、鈴は一度も鳴らなかったが、見張りの森崎は足元の濡れを見つけた。橋脚からの漏水ではない。排水溝の掃除でこぼれた水だった。
報告書に書けば怪異に見える出来事も、原因を確かめれば工事上の問題であることがある。相良はその一件を削除しなかった。間違って疑った経緯も記録に残すことで、次の班が同じ検査を繰り返さずに済む。
夕刻、仮囲いの板の向こうから「よく見ろ」という声がした。森崎は振り向かなかった。無線で相良を呼び、位置を伝えた。




