持ち帰れない報告書
古い文書を搬出する日、井波は手袋を二組用意した。紙の劣化を防ぐ薄い手袋と、封じ札を触る時だけ使う厚手のものだ。篠原澪は作業室の窓を閉め、湿度を測った。
問題の一冊は、背表紙に『第十二資料群』とだけ記されていた。中には荒川沿いの町で行われた巡回記録があり、同じ夜の記録が二通り綴じられていた。一方では全員が帰還し、もう一方では一名が戻っていない。
「誤記じゃないんですか」
澪が問うと、井波は署名を見せた。同じ隊長の字で、日付も受付印も一致する。紙の繊維だけが違っていた。
井波はもう一冊を手にし、同じ現場に出た人数を数えた。手当の支給簿には四人。出張旅費には五人。どちらも正規に決裁されていた。
「昔の人たちが嘘をついたんじゃなく、帰った人数を数える場所が違ったのかもしれませんね」
澪が言うと、井波はしばらく黙った。紙に残る数字は正確に見えても、その数字が何を指していたかは別だ。
棚にはまだ、手を付けていない箱が並んでいた。
紙の劣化した冊子は文字が読めても、折り目から崩れる危険があった。澪は透明の板で頁を押さえ、井波が写真を撮る。補修の専門家が来るまで触らない部分を決めた。内容が恐ろしくても、まず現物を残す。古い退魔師たちが守ろうとしたものを、調査のために壊してしまっては意味がない。
二人は報告書を一度も開いたままにせず、番号の違う封筒へ入れた。破棄の候補だった一冊は、保存期限を延長することになった。
帰る前、井波は書類棚に新しい札を付けた。『照合中につき廃棄禁止』。その小さな紙切れが、誰かの帰還を未確定のまま残す唯一の手段だった。




