階段の途中の窓
市営住宅の踊り場を調べ直した律は、壁の塗装に四角い色の差を見つけた。以前そこには小窓があったという。管理人によれば防火上の改修で埋められ、住民からは暗くなったと苦情が出た。図面を重ねると、見えない手すりの位置は旧窓のすぐ下だった。
澪は午後の階段で、通学帰りの中学生に足を止められた。「おばあちゃんがここでいつも休むんです。でも昨日、誰かに順番を譲ったって」。家族は一人で外出するのを心配しているらしい。澪は相手の姿を尋ねる前に、転倒の有無を確かめた。
中学生の祖母は、階段を休まず上がる日もあった。体調のいい日と悪い日があり、家族はそれを天候のせいだと考えていた。澪は本人の歩き方を勝手に試験せず、許可を得て手すりの高さを一緒に見た。工事をする職人も、実際の利用者の手の位置に耳を傾けた。
塗装の匂いが消えるまで、階段の窓が開けられた。
管理会社は住人と相談し、明るい照明と新しい手すりの設置を決めた。改修が入れば怪異の姿が変わるかもしれない。律は施工を止めなかった。人間の暮らしに必要な安全設備の方が優先される。
工事前の最後の夜、澪は階段に椅子を置かず、床の端に小さな観測札を貼った。もし踊り場が見える者にとって通路が狭くなるなら、物を置く方が危険だった。
そのとき三階から降りてきた老人が、澪の目の前で立ち止まった。「先にどうぞ」。老人は何もない場所へ頭を下げた。澪が理由を聞くと、老人は少し困った顔をした。「いつも人が座っている気がするんです」。
階下の郵便受けが開く音がした。工事の知らせを読んだ人が、階段を見上げていた。




