乾かないロープ
倉庫の安全講習に参加した鷲尾は、新しい作業綱が十分乾いていることを確かめた。ところが五番の古綱を保管した資料館では、湿度を一定にしても一か所だけ塩水がにじむ。保存担当の立会いのもと、水分を採取したが、海水と断定できるほどの量はなかった。
相良は古い荷役帳簿の余白に結び目の図を見つけた。線の数は資料の綱と同じで、横に「一人戻るまで解くな」と書かれている。誰が書いたか分からず、現代の安全手順として扱うこともできない。
一方、現役の港湾労働者たちは、老朽化した係船柱の交換を求めていた。相良は怪異調査を理由に予算の相談を遅らせたくなかった。港の管理者と作業員に同行し、柱の腐食を確認する。
工事の説明会で作業員の一人が、休憩室の床に海水が溜まると訴えた。管理者が排水を調べると、雨どいからの水が壁の内側を通っていた。相良は原因が判明した件を報告書から消さなかった。直すべきものが直った記録も、次の点検者には役立つからだ。
港の修理は、潮が低い時間を選んで始める。
雨上がりの岸壁で、鷲尾は一瞬、背後に濡れた足音を聞いた。振り返ると黄色い安全帽が二つ並んでいた。二人とも生身の作業員で、濡れた手袋を交換しているだけだった。鷲尾は確信のない恐怖を報告の中心に置かず、足音を聞いた場所だけ小さく記した。
夕刻、資料館の収蔵庫から連絡があり、古綱の結び目が一つ増えていると知らされた。写真を比べると違いは確かだった。鷲尾が問うと学芸員は言った。「誰もほどいてはいません。数えることしかできていません」。
新しい係船柱の工事予定は、翌日正式に決まった。




