港の結び目
港湾倉庫の五番荷役に関する古い船綱が、資料館へ寄贈された。相良は鷲尾を伴い、保存担当の説明を聞いた。綱は手の脂と塩で硬くなり、切断面に三種類の結び方が重なっている。船を係留するための結び目とは違うらしい。
学芸員は漁師の協力を得て、古い技法を確かめる予定だった。鷲尾が「ほどけば中が見えますか」と聞くと、学芸員は「ほどくと戻せません」と短く答えた。調査には時に、触らない技術が必要だった。
資料館の奥では、学生が船具の名前を書いた札を一枚ずつ点検していた。似た形の滑車でも年代によって用途が異なり、間違った名を付ければ後の研究を混乱させる。鷲尾は名前を知らない綱の結び目を見て、すぐ妖術と呼びたくなった自分の早さを恥ずかしく思った。
その夜、倉庫の搬入口で、天井から綱が垂れて見えるという報告があった。運転手がフォークリフトを止め、荷物を積まずに待っていた。相良が現場へ着く頃には何もないが、運転手は頭上を指して「人を吊るす長さだった」と言った。
監視映像には車両が停止した様子だけが残る。相良は運転手の疲労状態を調べる医務手続きと、倉庫の梁を点検する作業を別々に手配した。恐怖を証言した人を疑うためではない。
資料館へ戻る途中、鷲尾は岸壁の年配の船員から話しかけられた。昔の五番は荷を揚げる前に、最後の船員が戻ったか綱で合図したという。「人数を声で数えると、波に持っていかれた者まで呼ぶ」。船員はそう言い、すぐ笑って迷信だと付け足した。
鷲尾は笑わなかった。倉庫へ戻ると、新しい綱の納品書が担当者の机に置かれていた。




