雪の解ける場所
土砂崩れから四日目、山の町では幹線道路が仮復旧した。避難所は閉鎖せず、住居が危険な五世帯だけ利用を続けることになった。深見は夜間の記録をまとめ、毛布の手形と『山』という名簿の記載を未確認として残した。
石碑のそばでは、工事業者が仮設の柵を建てていた。鷲尾は赤布の代わりに反射板を付ける位置を相談し、慰霊碑の文字に土が入らないよう養生を頼んだ。町の職員は、観光客が増える季節までに正式な道標を作ると言った。
役場の若い職員は、避難所に残る人の通院予定を表にしていた。家へ戻れない間も薬は要るし、仕事へ行くための交通手段も必要だ。深見は赤い手形の写真を保管しながら、表の欄を一つ広くするよう手伝った。そこには、家に取り残した動物の世話を書く予定だった。
体育館の玄関では、靴を取り違えた子供が困っていた。鷲尾は係員と一緒に名前札を確かめ、持ち主を探した。避難所では小さな行き違いにも人手が必要だった。
給食センターの女性は毛布を洗濯業者へ渡した。泥の手形が残る一枚だけは、深見の依頼で保管する。証拠品としてではなく、所有と返却を明らかにするための借用票を付けた。
帰る前、深見は避難所へいた家族から声を掛けられた。夜に子供が「外で知らないおじさんが牛を数えていた」と話したらしい。子供は顔を見ておらず、声も聞いていない。ただ、誰かが指を折る仕草をしていたという。深見は親子に写真を求めず、怖いことがあれば職員に話せるよう案内した。
夕方、発電機の音が止まった。照明は町の電力で点き、床に積まれた毛布は収納庫へ戻されていく。空いた場所では避難者が小さな卓球台を広げた。深見が戸を閉めると、軽い球の音が三度続いた。




