消された答え
翌日の放課後、律が黒板を見ると白い線の横に小さな丸が付いていた。三本と五本を合わせた数とは合わない。教育委員会から立ち会いに来た事務職員は「数式なら解けると思ったのに」と呟いた。律はその言葉を報告書へ書かなかった。正解を探すために来たわけではない。
学校の資料棚には、夜間学級の出席簿が年度ごとに並んでいる。紙の端が丸まり、鉛筆で付けた出席の印が消えかけていた。校長は表紙の姓名を外部へ見せず、学校史の担当者だけに扱わせた。
一冊の余白に「帰宅、遅延」とだけ書かれた日が続いていた。台風による交通途絶の記録と重なる。律が当時の新聞を調べると、夜学の教師が数名、駅で足止めになった生徒を迎えに行ったという短い記事を見つけた。
学校には、その教師の孫が給食調理員として勤めていた。本人は祖母が人助けをした話を知っていたが、学校を離れた人の事情までは知らない。「ここで働けてうれしい」とだけ言い、祖母の名を記録に残す許可をくれた。
調理員が話してくれた祖母の手帳には、食事の買い出し額が細かく残っていた。授業料のほかに夜の電車賃が必要で、雨の日は生徒と傘を分け合ったという。律は帳簿を借りず、許可を得た頁だけ撮影した。教師を称えるために、家族の私物すべてを調べる必要はない。
夕方、律は黒板へ自分の答えを書き足さず、窓の鍵を確認した。落下した窓枠の金具が机の角を傷つけていたからだ。校長は修繕の手配をした。
次に見ると丸は消えていた。線だけが残り、廊下では調理員が明日の献立の話をしていた。律は理由を決めつけず、その二つを別々に覚えて帰った。




