黒板の余白
区立第二中学校の用務員から、使っていない理科準備室の黒板に白い線が増えると連絡があった。担当になった古川律は、校長が用意した写真を受け取った。線は三本、五本、二本と不規則で、校長は落書きをした生徒を疑わないよう職員へ伝えていた。
学校は定期試験の最中だった。調査のため生徒を別教室へ移すなら時間割の変更が必要になる。律は授業後の立ち入りを頼み、部屋に持ち込まれた粉末の種類を確かめた。黒板消しは新しいが、窓の溝には古いチョークの欠片が残る。
理科担当の教員は薬品庫の点検簿を持参し、異常のある準備室を閉める間の代替保管場所を確保していた。律は薬品を動かす理由に怪異を挙げず、校長が判断できる危険だけ伝えた。試験が終われば実験授業が始まる。教室を使うための準備は待ってくれない。
元教員の資料を調べると、準備室はかつて夜間学級の教室だった。遅れて学び直す人のため、仕事を終えた教師が机を並べていた時期がある。卒業者名簿の頁には、途中で学校を離れた人の名前も記されていた。
現場を見た律は線の高さに違和感を覚えた。子供が描くには高すぎる。床に残る古い机の跡に立つと、大人が板書する位置だった。律は線を拭かず、一晩置く判断をした。
校長は夜間学級の記録を展示したいと言ったが、教室へ来た事情を他人に知られたくない卒業者もいるはずだ。律は記録の扱いを慎重にするよう勧めた。
帰り道、部活動の生徒たちが自転車の鍵を探していた。律は懐中電灯を貸し、探し終わるまで門の脇に立った。準備室の黒板では、数の合わない線が誰も見ない間に一本だけ増えていた。




