雨宿りの椅子
終電後の駅で、澪と三崎は若槻、宮地の二人とベンチの跡を見守った。録画機には何も映らない。だが屋根の奥から、小さな水音が近づいてくる。若槻が反射的に歩み寄ろうとすると、三崎は声を低くして止めた。線の向こうへ踏み出す理由がまだない。
やがて椅子を引く音がした。そこには椅子がない。宮地が「そこなら雨が当たりません」と何気なく言った途端、水音は足元で止まった。澪は宮地に同じ言葉を繰り返させなかった。何かを呼ぶためではなく、人が転ばないように言った言葉だからだ。
翌朝、駅長は昔の番小屋の資料を駅構内の展示に使えないか尋ねた。澪は夜警の個人名を確認する必要があると説明し、写真店と遺族への連絡を提案した。怪異の扱いとは別の仕事が生まれた。
展示用の説明文を考える際、駅長は夜警を英雄として紹介する案をいったん外した。本人の意志を確かめられないうえ、傘を直し、運び、片付けた人もいたはずだからだ。宮地は昔の清掃員についての資料を探し、若槻は駅で働いた人々の古い勤務表を取り寄せた。
清掃責任者はベンチを戻す前に、床材の貼り替えを済ませたいと言った。滑った人の報告が過去半年に二件あった。駅長は費用を調べ、仮の席をしばらく残すことにした。
午後、長谷川の店には傘の修理を頼む客が来た。古い骨を一本交換するのに、店主は使えそうな部品を探した。澪はその様子を見ながら、失われた番小屋に必要だったのは特別な術ではなく、他人の帰りを待つ余裕だったのかもしれないと思った。
夜の監視では水音が一度だけ鳴り、誰の靴も濡らさなかった。若槻は作業記録の最後に、次の雨予報と代替席の位置を記した。




