黄色い床線
駅舎の白墨線は翌朝、清掃員によってきれいに消されていた。夜間調査を伝えられていなかったのではない。清掃責任者の宮地は「床に線があればお客様が足を取られる」と説明し、消す前の写真も撮っていた。澪は現場に必要な判断をした人を責める気になれなかった。
宮地が持つ作業日誌には、深夜に濡れる場所の図が残っていた。清掃員は見えない傘など知らないまま、毎夜同じ場所を拭いていたという。床が濡れるのは雨天に限らず、空調が乾燥する冬にも起こった。
宮地の勤務は午後十一時から始まる。始発までに改札周辺を終えるため、汚れが多い日は手順を変えるという。澪が床の水滴を詳しく撮るため清掃を止めてほしいと頼むと、宮地は通路の半分だけなら十分と提案した。二人はその幅を黄色いテープで示した。
三崎は水を採取しようとしたが、宮地は滑り止めの洗剤が混じっていると告げた。採取瓶へ入ったのは、人が床を安全に保とうとした努力の混合物だ。澪は採取の時刻と清掃前後を分けて記録した。
駅の利用者が増える時刻、宮地はベンチの位置を少しずらした。そこは荷物を抱えた高齢者がよく休む場所だった。撤去するなら代わりの椅子がいる。駅側との話し合いで、一時移設の席が案内板の脇に用意された。
昼過ぎ、三崎の白墨線と同じ位置に、誰かが黄色いテープを貼った。車椅子の向きを変えるため、職員が安全幅を示したものだった。澪は二つの線が似ていることに気づき、無関係な事柄を無理に結びつけないよう自分に言い聞かせた。
その夜、ベンチのない場所で男の咳が一度だけ聞こえた。宮地は手を止めず、モップを洗う流し台へ歩いた。澪は、その咳を聞いた人数を記録するため、次の班が来るまで駅に残った。




