台帳の余白に
井波は木戸、河川橋、学校、銭湯、港の倉庫といった案件の台帳を並べ、次の担当者へ渡す準備をしていた。すべてを一つの怪異で説明する図は作らない。それぞれの現場で、誰が何を確かめたかを順番に残す。
澪は古い隊員名簿へ新しい手掛かりが加わったことを伝えた。島岡の証言、乗車券の途中下車、迎え番の役目。四人目の氏名はまだ空白だったが、存在を否定する理由もなくなっていた。
三崎は「名前が分からなくても、人の仕事は残る」と言った。井波はその言葉を表題に使わず、証言を正確に記した。美しい言葉へ整えすぎると、実際の現場で起きたことが遠ざかる気がした。
相良が橋の記録を持って来た。歩道の通行は安定し、下部通路の見張りは続いている。森崎は新しい勤務表で無理なく働けており、奈央は検査を終えて現場へ戻った。危険が残っても、人員の暮らしまで止めておく必要はなかった。
夕方、受付の職員から電話取次ぎの方法を見直したいと相談があった。怪異の報告は場所の名前だけで判断しにくい。井波は聞き取る順序を短いカードにまとめ、試用を始めることにした。
井波は新しい引き継ぎ欄を試しに鷲尾へ読ませた。鷲尾は木戸の危険な踏石の位置が分かりにくいと指摘した。井波は図面の縮尺を直し、現場写真を一枚加えた。長く担当している人に自明なことが、初めて来る人には見えない。台帳はその差を埋めるためにある。
使い方の分からない欄は空白でもよいと、手順書の冒頭に書いた。
台帳には新しい余白が一つ生まれた。『分からないこと』を書く欄ではなく、『次に確かめること』を書く欄だった。




