病院からの便り
深見のもとへ、屋上の歌声を調査した産科病院から便りが届いた。換気設備の工事が終わり、音の混入は減ったという。しかし午後三時十二分、職員が歌を聞く日も残っている。報告書には『患者への影響なし』と記されていた。
深見は千田へ電話を掛け、夜勤明けの体調を尋ねた。千田は元気に働いていると言い、古い保育器が院内の小さな展示室へ移されたことを教えた。展示には年代と用途を記した札が付き、個人名は出されていない。
その日、見学に来た家族の一人が、自分も昔その保育器に入っていたかもしれないと話した。千田は記録を確かめる手続きを説明し、懐かしさだけで判断しないようにした。深見は電話越しにその対応を聞き、安心した。
病院では屋上の施錠を続けている。歌声を聞きに入る人が増えれば、転落の危険が生まれるからだ。深見は警告札の文面を見直し、必要以上に怖がらせず、立ち入りを禁じる理由が伝わる形を提案した。
午後三時を少し過ぎ、千田から短い連絡が来た。今日は歌が聞こえなかったという。深見は記録へそのまま書き、次の確認日だけ残した。
展示室には当時の医療器具だけでなく、看護師が使った手書きの勤務表も置かれていた。深見は写真でその文字を確かめた。若い職員が苦労して夜勤をつないだ記録が、器具と同じ棚にある。千田は病院の歴史を誰か一人の功績にしない展示を望んだのだという。
展示室の札には、修理に携わった職員の名前も小さく並んでいた。
机の脇では、保育器の展示写真が一枚乾いていた。設備の記憶が病院に残り、そこで今を生きる子供たちも増えていく。




