路地の湯呑み
宮野の茶舗で、澪と三崎は島岡の話を伝えた。個人情報に触れる部分を除き、迎え番が木戸の外に立つ役目だった可能性を説明した。宮野は帳場に置いた古い湯呑みを見つめ、「父が一つだけ余分に洗っていたのは、そのせいかしら」と言った。
木戸の隙間は閉じ、踏石も乾いている。三崎は今回、術具をほとんど使わなかった。宮野が湯呑みを持って裏口へ出ると、彼は立ち止まるよう頼んだ。知らない何かへ差し出す行為が、安全だと確かめられていない。
宮野はすぐ引き返した。「お客に出すつもりで持ってきただけよ」。澪は湯呑みを受け取り、店の流しへ戻した。待つための儀式にしてしまえば、宮野の暮らしが木戸を中心に回り始める。そんなことは望まなかった。
午後、近所の人が新茶を買いに来た。宮野は客と茶の淹れ方を話し込み、木戸のことをしばらく忘れていた。三崎は通りの向こうから、その時間を邪魔せずに見守った。
帰り際、澪は店先で東雲を見かけた。男は茶葉の包みを一つ買い、代金を払っている。三崎が挨拶すると、東雲は木戸へ一度だけ視線を向けた。「今日は、通る人がいません」。それ以上は語らず、紙袋を持って歩き去った。
店へ来た常連客は、三崎たちが何者か知らずに新茶の味を尋ねてきた。宮野はいつもどおり茶葉を量り、急須の扱いを教えた。澪はその説明を聞き、湯の温度で香りが変わることを初めて知った。怪異のない話題を同じ場で楽しめることが、茶舗を訪ねる理由の一つになっていた。
澪は追わなかった。宮野が次の客を迎える声が店から聞こえ、木戸には夕日の細い影が落ちていた。




