古道具屋の時刻表
線路脇の古道具屋には、診療所の閉院時に引き取った時計が三つあった。相良が尋ねると、店主は木箱を奥から運び、黄ばんだ時刻表も一緒に広げた。時計はいずれも午前九時十二分で止まっている。
「踏切を通っていた頃は、その時間に診療所が開いていました」
店主は昔の患者たちを覚えていた。足の悪い夫婦、毎朝帽子を被る老人、看護師に菓子を渡す女性。名前を挙げると、二人はもう亡くなり、一人は近所で暮らしていた。
相良は遺族へ勝手に連絡しなかった。代わりに診療所の職員だった女性を紹介してもらった。現在は訪問看護師をしている彼女は、踏切がなくなる直前、診療所の受付へ置かれた小さな鈴を覚えていた。
「皆さんが道で転ばないよう、帰りに鳴らしていたんです」
それは交通安全の合図でも、宗教儀礼でもなかった。ただの習慣だった。
森崎は怪異の核を鈴だと思い、店の三つの時計を調べた。どれにも術式の反応はない。相良は診療所の最後の日付を見た。閉院は踏切廃止より三年後。人々は道を失っても、なおそこへ通い続けたのだ。
診療所の鍵束は、長く使われていないにもかかわらず滑らかに回った。店主が年に一度、錆びを落としていたという。「返す人が来たら困るでしょう」。相良はその一言を聞いて、誰にも依頼されていない保管の仕事が何十年も続いていたことを知った。
閉店間際、店主が古い鍵束を持ち出した。「これも預かったんだが、使い道がない」。札には『診療所、裏門』とある。相良はその鍵を借りる手続きだけ取り、すぐには触れなかった。
夕方の店先では自転車のベルが鳴り続けた。だが相良が耳を澄ませた音は、そのどれとも違っていた。




