新しい鏡台
住宅の家族は大きな姿見を処分せず、しばらく倉庫へ預けることにした。玄関には別の小さな鏡を置き、娘の背が届く高さへ取り付けた。澪は管理人と固定具を確かめ、倒れる心配がないことを確認した。
倉庫の鏡には、食卓の像は現れなかった。誰もいない空間が映るだけで、問題の座面が消える条件を再現できない。澪は『住宅内でのみ発生』と書き、鏡そのものが原因と断定しなかった。
娘は学校から帰ると、新しい鏡で髪を結ぶ練習を始めた。父親は初めて自分で結べた時に喜び、母親はほどけない方法を教えた。澪は玄関で靴を履きながら、その姿を見守った。
旧採光口の部分は点検後、隙間を塞いで補修された。工事写真は管理組合へ保存され、今後壁を触る職人が内部の構造を確認できるようになった。以前の住人の暮らしを無理に掘り起こす必要はなかった。
帰る前、父親は鏡の一件を忘れてよいのか尋ねた。澪は「怖かったことまで消さなくて大丈夫です」と答え、再び異変があれば連絡する手順を渡した。娘はその紙より、玄関の鏡がまっすぐ掛かっているかを気にしていた。
倉庫へ鏡を運ぶ際、住人の父親は角を厚い布で巻いた。管理人は台車の速度を落とし、通路の小さな段差を越えた。澪はその仕事を手伝いながら、鏡を壊すことより家族が怪我をしないことを優先した。処分するか残すかは、落ち着いてから決めてよい。
新しい鏡の縁には、娘の選んだ青い小花が一つ付いていた。
夜、家族の食卓には四つの皿が並んだ。今日は祖母も一緒に食事をする日だった。何かを見落としたのではなく、迎える人の数が一人増えただけだった。




