水面より高い声
河川橋の調査で相良が久しぶりに橋脚下へ降りると、声は水面ではなく頭上から聞こえた。見張りの森崎は橋上にいて、無線では何も聞いていないという。越智奈央は橋の側面へ札を当て、音が反響する位置を確かめた。
橋には補修された亀裂があり、空洞を伝う音が上へ抜けることがある。土木技師は図面を広げ、音の通り道を説明した。相良は見た目の異常より先に、老朽化した橋へ人を入れ続けてよいか確認した。
昼、作業員が古い排水管から泥を取り除いた。作業中だけ名前を呼ぶ声が消えたが、夕方には再び聞こえた。技師は配管の振動を疑い、相良は術式の反応を測った。違う方法で同じ時刻を調べても、原因が一つとは限らない。
奈央は濡れた手の痕が薄くなってきたと報告した。それでも橋脚へ近づくと指先が冷たくなる。相良は彼女へ、現場から離れる選択肢があると伝えた。奈央は今日は続けると決め、見張りを交代して身体を休めた。
夕方、森崎は橋上から、自転車で渡ろうとした人へ通行できる道を示した。少年は急いでいるようだったが、立ち入り禁止の下部通路へ向かわず橋の上へ戻った。
奈央は橋脚から離れて少しだけ立ち止まった。歩道の下で小さな魚が跳ね、川岸へ水の輪が広がった。彼女はその音まで声と間違えそうになっている自分に気づき、深く息を吸った。相良は焦らせず、何が聞こえたのかを一つずつ尋ねた。記録は怖さを隠す道具ではなく、怖さに呑まれないための手順でもあった。
相良が報告書へ書いたのは、声の高さと橋の点検結果だった。何が声を出しているか、その問いはまだ閉じられなかった。




