港に残る日付
灯籠祭りの翌週、港湾資料館へ古い作業日誌が寄贈された。相良は鷲尾と閲覧へ行き、戦前の荷役班が解散した経緯を確かめた。日誌には事故の記録だけでなく、雨の日の賃金や家族に渡した米の量も細かく記されている。
五番班は最後まで港に残り、帰らない船の荷を守ったらしい。だが班員全員の名前は残っていない。記録を書いた人が分からない時期もあり、数字が飛んでいる頁もあった。鷲尾は分からないところへ都合のよい名前を補わなかった。
日誌の最後には、一行だけ『灯りを消す者なし』とある。学芸員は非常時の防犯手順かもしれないと言う。相良は古い倉庫で夜ごと灯が残されてきた話を思い出した。つながりを示す史料がないうちは、関連資料として並べるにとどめる。
港では倉庫の新しい検量手順が定着し、塩の損耗は以前より減っていた。原因不明の減少がゼロになったわけではない。倉庫長は数字を正確に出せるようになったこと自体を評価していた。
鷲尾が仕事を終えると、祭りのあとに残った木枠を若者たちが片付けていた。彼は運ぶのを手伝い、最後の一本を台車に載せた。
日誌の綴じ糸を見て、相良は紙がよく残ったものだと感心した。学芸員は塩気の強い倉庫から移したあと、長く湿気を取る作業が必要だったと説明した。過去を知るには、書いた人だけでなく保存してきた人の力もいる。鷲尾は資料室の温度を確かめ、扉をそっと閉めた。
紙は湿気を嫌う。
遠くの汽笛が鳴り、湾内の波が小さく崩れた。相良は資料館で撮った日誌の写真を閉じた。海に残された仕事は、昔の人々だけのものではなかった。




