第3話「魔法書」
※長編作品です
「お師匠様、昨夜渡された書物を読み終わりましたが―わたくしは魔法使いとやらに興味が湧きました」
「ふふっ、それは何故かしら?」
早朝、まだ森は目覚めていない時。2人は静謐を奏でる森の中をひたすら歩いていた。
「あの一味を撃退した時の魔法―あれがかっこよかったのもありますが、一番はやはり、自分でイメージした魔法が現実に現れることにとても興味が湧いたのです」
「それなら、エルちゃんは魔法師になりたいのね?」
「はい」
セラはその場に立ち止まると、しゃがんで枝を選別し始めた。エルナリアは数歩進んだあと立ち止まり、振り返って不思議そうに問う。
「何をしているのですか?」
「簡易的な杖を見つけようと思ったの。エルちゃんは短杖か長杖どっちがいいかしら?」
「長杖……ですかね」
「―なら、これでいいと思うわ……さぁ、もう少し奥に進むと拓けた場所に着くから、いいわね?」
そう言ってエルナリアに渡した枝は杖とは言い難かった。しかし、それはエルナリアにとっては些細な事―嬉しそうに胸元で抱きしめる。
「なんだか嬉しいです」
「本当にエルちゃんったら初心でかわいいわ〜!」
またしばらく進むと、突然目の前が拓き……練習にはうってつけの場所が現れた。
「さぁ、特訓よ!」
「ご指導お願いします!」
セラが数歩先に進み、杖を手に持つと振り返って微笑む。
「魔法師はイメージ力が大切なの。その力がなければ敵の前では無意味、いいわね?」
「はい」
「杖を振って魔力を飛ばす、その魔力から魔法をイメージして形作る―基礎中の基礎よ、やってみて」
……
「―お師匠様……わたくし、才能が無いのでしょうか」
「……まだ始めたばかりよ、そう嘆かないで。もし魔法師が嫌なら魔導師もいいものよ、イメージ力は必要ないし……1度試してみる?」
エルナリアは少し迷う素振りを見せる。
「―そう、ですね。1度試して楽しかった方に決めようと思います」
「知ってるかしら?魔法書にも相性があるのよ、私達が職種を選ぶように魔法書も契約する人間を選ぶことができるの」
「そう言えば、書物に書かれてありましたね。魔法書とはどう契約するのでしょうか?」
「それは……神立書館で契約するのだけど、年に1度しかないのよね……困ったわ」
―神立書館
神殿本部にある大規模な館。
そこには魔法書が眠っており、年に1度、魔法書との契約を望む者だけが立ち入ることが許されている。
神殿支部に向かい、テレポートをすることで向かうことが出来る。
「……はぁ」
エルナリアは自らの手にある杖を見つめてため息をつく。セラは優しく笑うと、杖を振って目の前に異空間を作り出した。
「―これは?」
「いい?私だから許されることをやるから、怒らないでね?さ、ついてきてちょうだい」
そう言って異空間に入っていったセラの背中を追い、エルナリアは姿を消した。
…
出てきた場所は白を基調とした重厚な廊下、あまりにも厳かで神聖な雰囲気に息を呑み、セラの後ろにぴったりとくっつきながら、周りを見渡していた。
「ここは……もしかして、神殿……ですか?」
「大正解、でもここはまだ支部―今から本部に向かうけど……できれば、教皇がいないことを祈るわ」
「これでテレポート、ですか?」
目の前で地面が淡く光っている、2人がその場を踏むと瞬時に姿を消した。
―「す、すごいです……!」
2人が降り立ったのは広大な神立書館だった。
中央に立ちながら上を見上げても、天井が見えない。エルナリアはふと天井の隙間から太陽の光が差しているのが見え、それを視線を下げながら目で追う。
「―誰だ」
声が聞こえた方に視線を向けると、そこを覆っていた暗闇が徐々に明るくなり始める。佇んでいた人物は首だけ振り返り、どこか憂鬱そうな瞳でこちらを捉えた。
―白を基調とした法衣は幾重にも重なり、床へ静かに流れている。金糸で刺繍された神殿を象徴する紋章が淡く光を受け、なお厳かな存在感を放つ。
流れる白銀の髪は整えられ、その頭上には、女神の祝福を示す淡い光のヘイローが浮かび、預言を授かる唯一の「授かり人」であることを無言のうちに告げている。
「ずっとここにいたのね―教皇」
―教皇
そう呼ばれた男は眉を顰めると、セラの背後に隠れていたエルナリアに視線を向けた。
「わっ……」
一瞬のうちに目の前に来ていた教皇はエルナリアを至近距離で見つめる。
「今すぐに離れて」
しかし、セラの杖がその間にスッと割って入ると大人しく距離を離す。
「この子に興味があるわけ?」
教皇はセラに視線を向けると、鼻で笑う。
「冗談はやめろ、それで何の用だ」
「ふふっ、この子のために魔法書と契約させてくれないかしら?」
「……」
「あら、昔の恩を忘れたのかしら?恩返しってことで何とかしてくれない?」
教皇は複雑そうな面持ちで頷く。
「―いいだろう、だがこれで全てを返しきれたわけではない。多大なる恩に対しては最大限礼を払う、いいな?」
「えぇ、ありがたい話だわ」
「少女を置いて外に出ていろ」
「エルちゃん、また後でね」
セラは素早くその場から消え、残るはエルナリアと教皇だけになった。
エルナリアはおずおずと、準備を始めている教皇に声をかける。
「わたくしは魔法書と契約はできるでしょうか……?」
「それも含めてやれば分かる」
すると、教皇は動きを止めてエルナリアに歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがむ。
「―名前は?」
「エルナリアと申します」
「フルネームだ」
「……えっと」
言うか迷っていると、教皇は面倒くさそうにため息をついた。
「その石に触らせろ」
有無を言わせない圧に怯えながらペンダントを首元から外し、差し出された手の上に置く。
「これで悪意は無いことを証明できただろう?」
「……それを知ってるのですか?」
「あぁ」
意を決して口を開く。
「……わたくしはエルナリア・イーツ・オリヴィアスと申します」
「オリヴィアス……あの人達の娘か」
教皇の表情が柔らかくなる。
「教皇様は王国がどうなったかは知っていますか?」
「……既に滅びた、王国の民も王家も全員殺されたと思っていたが、ここに生き残りがいたとはな……決して後を追おうとは思うな、それは皆に対する冒涜だからな」
その言葉を聞いて、手元に戻された神紫石をそっと撫でる。
「………何となく、分かっていましたから。セラ様に聞いた時も教皇様と同じような表情をなさっていました。これで察せないのもおかしな話でしょう」
「―どうするんだ?」
「神紫石の秘密を全て知るための旅をしようと思います、そのために今日は魔法の力を得るためやって来たのです」
「―強いのだな。同年代の子供と比べたら随分と達観している」
「……今はまだ感情が心に追いついていないだけなのかもしれません」
「……そうか」
教皇は立ち上がると、また準備に取りかかる。エルナリアから見て最初の時よりかは大分教皇の印象は変わっていた。
「教皇様は、この神紫石の謎を知っているのですか?」
「詳しくは知らない―よし、エルナリア……中央に立て。膝をついて祈るんだ」
「分かりました」
中央に進み、膝をつき手を組んで祈り始めた。
(どうか、わたくしに力を貸してくださりますように……どうか、魔法を扱えますように……どうか……お願いします―)
―フッ
すると、微かに聞こえていた音は完全に遮断される。
無音が辺りを包み込み、エルナリアは目を開こうか迷い始めた。
『……メート、いつか………継承………て』
耳元で優しく、途切れ途切れに囁かれた。その声はまるで万物の母のような温もりを感じさせる。
「―立て。どうやら魔法書はお前を選び抜いたようだ」
目を開くと、目の前に2冊の本が浮かんでいた。
(……)
エルナリアは数秒思案した後軽く頷く。ついさっきの出来事は魔法書を呼び起こす際に共通して起こるのだろう。そう自分に言い聞かせ魔法書を手に取る。
「左は攻撃用魔法書、右は支援用魔法書だ。扱い方についてはセラに教えてもらえ」
その2冊の魔法書はゆっくりと形を変え、腕輪になったかと思うと左腕に嵌る。
「……これは……?」
「無意識のうちに形になって欲しいと願ったからだろう。契約し、心の中で名を呼ぶことで扱えるようになる」
「―ありがとうございます……」
教皇はエルナリアに歩み寄ると、手のひらの上に何かを乗せる。
「もし、あの女でも手に負えないこと……それか危機に陥った際はこれに魔力を流し込め―1度だけだが助けてやる」
「……本当、ですか……?」
「これは……お前の親に恩がある、昔貰った恩を今更だが返しているだけなのだから―受け取ってくれるか?」
「―はい、ありがたくいただきます」
「用は済んだだろう、早く帰れ」
「……また、会えますか?」
すると、教皇はその日初めて口角を上げた。
「それを使えばすぐに会える」
『救済の運命が開花しますように』
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