第23話「地獄耳」
※長編作品です
「―と、聖樹様がそう言ってわたくしを部屋に帰しました」
事の経緯を話し終え、エルナリアはほっと胸を撫でおろす。教皇の顔を盗み見ても怒っているような様子はなく、収蔵してある書物を優雅に撫でながら歩いているだけだ―しかしどうやってあの場を治めたのか気になって聞いてみたところ、教皇は少し首を傾げて言った。
「あぁ、それなら私が適当に言っておいた。基本的に聖樹は預言を下す時以外寡黙だからな」
「待って、私のおかげでもあるのよ、最初にああ言わなかったら疑いは広まってたわ」
隣でセラが得意げに言うと、教皇は気怠げに同意を返す。
「そうだな。一理ある」
ふと足を止めた教皇は、目当ての書物を見つけたのかそれを本棚から取り出すとエルナリア達の元に歩み寄る。
「―その本は?」
「聖樹が下した預言とその解釈を記した書物だ。これは初代教皇の記本だな」
パラパラとページをめくると正に聖書と呼ばれるに相応しい書物だと実感する。ぎっしりと書き尽くされた解釈を見ていると、相当苦労したのだろうか……消し跡が所々に散見された。
「エルナリアは授かり人であり授かり人ではないと言われたのだろう?それならばいつか授かる時が来るかもしれないからな、準備あって損はないはずだ」
「これをわたくしに?」
「解釈できなければ意味がない、もしその時がきたら―それは重要な決断をしなければならない時だ」
コクリと頷き、ページをめくる。
『月が満ちた夜明けの空に一筋の赤。ソナタ、安寧の地にて彗星を見届けよ』
―満月の夜明け。明後日。赤は死を意味する。教皇の安寧の地、神殿。彗星は生。神殿の内部にて起こる殺人を阻止し、その人物を救え。
「この預言は思ったよりも直接的ですね」
「こればかりとは限らないのが辛いとこだな」
教皇が数ページめくる。
『紅は末、夜は巡り。眠りにつくオオカミ、手を合わせ地を色づかせる。夜は息を潜め朝が来た』
―紅は血?血を流し尽くした数日後。眠る獣人、メッセージを残した?夜明け?季節?暗号?夜は必ず巡る、意図が?オオカミは人間?隠された?
「これは、とても迷っていますね……確かに表現があまりにも抽象的で掴めません……」
「―秋の終わり頃、教皇は世界を歩く。眠りにつく敵、背信した者は死を迎える。教皇は息を潜めそれを見届ける」
「紅は紅葉のことで夜は教皇を表すと……ふふっ解釈しがいがありますね」
「思いのほか面白いだろう?それだというのに、セラは―」
地獄耳を持つセラはすぐに振り返り教皇に詰め寄る。
「なに?そうやって私の批判に繋げるのやめて欲しいわ!」
「やはり地獄耳だな」
「お師匠様……―ん?その手に持っているのは……」
セラが手に持つ書物に視線が向く。
「よく子供の頃に、怖がらせるために聞かされていたのを思い出したの。『悪善の君』悪の君主は、仲良くなった善人を追い詰めて殺した極悪人達を殺害し、それ以降悪いことをする人達を殺すようになった……っていうお話ね。悪の君主は本当に可哀想だわ……」
「実在するのですか?」
「えぇもちろん、今でも生きてるそうよ―最近で言うと、村が1つ滅びたとか。だからお年寄りから子供までみんなビビるのよね、悪いことしなければ大丈夫なのに。悪の君主がお前を食べるわよ、って言えば子供は大人しくなるわよ」
「それは親御さんにとって役立つ情報ですね……」
「エルちゃん……親目線で考えるのはやめなさいよ……」
すると隣で教皇がため息をつく。
「勝手に書物を漁るな。私は許可していないぞ」
「今許可してくれるわよね?」
「調子に乗るな」
教皇はふと視線を逸らして本棚の元に歩く。そこからいくつかの書物を取り出しながら言った。
「……エルナリア、これらの書物も持っていけ。きっと役に立つはずだ」
「いいのですか?ありがとうございます!」
「これも借りるわね!ありがとう!」
「セラを教育してくれると助かるな」
エルナリアは笑いながら頷く。
「任せてください!お師匠様を立派な淑女にして見せますから!」
「エルちゃんまで、全く失礼ね」
拗ねたように頬を膨らませると、セラはエルナリアの手をグイッと引っ張り、ズンズンと扉に向かう。
「あんなやつ放っておくわよ。祭、行くんでしょ?」
「確か祭の準備中でしたよね―楽しみです」
「経費で全部落としてやるからたくさん買いましょうね〜」
扉を開くと、セラは振り返りもせずに進む。エルナリアは慌てて会釈した後にふと思った。
(教皇様はわざと見逃したのでょうか?……確かに気になる書物でしたけど、怒られたくはありませんね)
視線を下げると、セラの腰のホルダーに入れられた書物を捉える。
「若い子はやっぱり甘い物が好きなはず、エルちゃんは達観してるから苦めが好きだったりするかしら?」
(悪善の君……寝る前にこっそりと読みましょうか。こちらも楽しみです)
「ねぇ、エルちゃんってば!」
「―えっ、あ……えっと、何でしょう?」
「甘いか苦いか、どっちが好き?」
「えぇっと……どちらかといえば甘いのが好きですね。お師匠様は?」
「私も甘いのが好きよ。確かこの街にはすっごく美味しいスイーツがあったはず。特産だったから今もまだ残ってるって信じて―さぁ行くわよー!」
「はい!」
『救済の運命が開花しますように』
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