第19話「祝福を」
※長編作品です
「―エルちゃん、起きて。エルちゃん!」
「……ん、おししょうさま……?」
途端に右側から風が吹きつけ、エルナリアはそちらに視線を向ける。
「エルちゃんったら!この子は一体誰なの!?」
「もう着いたのですか……?」
ひと足先に馬車から降りているセラは興奮した様子で何かを指さしている。
エルナリアはグググっと体を伸ばすと、ゆっくりと立ち上がった。
「着いた瞬間に、急に猫ちゃんが現れたのよ!」
『主、赤髪がうるさいの。ラーはいちゃダメなの?』
馬車から降り、顔を上げると……エルナリアは目を見開いた。
「わぁ〜!とても大きい都市ですね!でかいです……!」
「お2人さん!……と、猫さん!」
御者が目の前にやってくると、領収書を手渡す。
「すんませんねぇ、ここでおろしちまって。何せ都市への入都は色々と面倒で。その分値引きしたんで、いいですかい?」
「えぇ、別にいいわよ、お疲れ様」
「へい、ありがとうございやす」
御者は素早く戻ると、あっという間に馬車と共にいなくなる。それを見送ったあと、ラーフィネがエルナリアの肩に乗り、エルナリアは優しく顎を撫でながらセラに質問した。
「それで、お師匠様。騒いでどうしたのですか?」
「その猫!」
「あぁ、ラーフィネのことですか?わたくしと契約した精霊様です」
「ラーフィネちゃん、急になんで現れたの?」
『主を守るのがラーの役目なの』
エルナリアは困ったように笑うと、気を取り直して都市の方を指差す。
「都市の中央にそびえ立つあれは何でしょう?」
「ちょ、噛まないで!―あ、えっとあれは神殿が管理する聖樹ね」
「ラーフィネ、今は待ってください―となると、神殿の本拠地があって、教皇様もいるというわけですか?」
「えぇ、いるわね。ほら、神立書館を覚えてる?それもあそこよ」
「1つ疑問なのですが、女神生誕祝意祭がここであるというのに、教皇様はなぜ今まで参加をしなかったのでしょうか?」
「言われたら確かにそうね」
―女神生誕祝意祭は大規模な祭。神殿が奉る女神の生誕を祝う大切な行事だと言うのに、今まで代理で済ませていたというのはおかしな話だ。
「やはり、預言が関係しているのでしょうか?」
「……教皇は預言の通りに動いていて、今まで参加せよと預言が下っていなかったから参加していなかっただけ……とか?」
「女神、もしくは神殿の操り人形……ということですか?」
「でも、やっばりないわよね。だって教皇はいつも自分の意思で動いているんだから―ずっとそうよ」
―まるで昔から知っているかのような言い草に、エルナリアは微かに首を傾げる。
(教皇様も仰っていましたが、2人の間には貸し借りがあったようですね。どのような経緯で出会ったのか、チャンスがあれば聞いてみましょう)
「お師匠様、祝意祭当日に教皇様に会えるでしょうからその時に聞いてみましょうか?預言の内容と、今回何故参加したのかを」
「素直に答えてくれるかしら?教皇ったら嫌味ったらしいのよね」
口調は厳しいが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「エルちゃん、ラーフィネちゃん―行きましょうか。宿を取ったらすぐに出かけるわよ」
『ラーに命令していいのは主だけなの!』
そう言って、ラーフィネはセラの足元に飛ぶと脛にかじりついた。
「―あぁもう!どうして私にだけこんな敵対的なの、仲間でしょ!」
「にゃー!」
「わたくしにもよく分かりませんね……お師匠様が気に入らないのでしょうか」
「そんなことよりこの子を離れさせて!痛いのよ!」
「ラーフィネ、落ち着いてください。この人はわたくしのお師匠様で尊敬している人ですよ」
『ラーをバカにする人間なの、悔しいの……』
エルナリアは困ったように苦笑いを浮かべる。
「……とりあえず、行きましょうか」
……
―鳴り止まない足音、響く歓声。呼びかける店の人々に馬車が通り抜ける音。
様々な手続きを経てようやく門を潜り抜けた2人と1匹は興奮した面持ちで街並みを眺める。
流石は王国都市と言うべきか。辺境にある街とは比べ物にならないほど大勢で賑わっており、1人1人の服装も豪華だ。
「これは驚きました。まさかこんなにも賑やかだなんて」
「祝意祭があるからかしらね……はぐれないように手を繋いでおきましょうか」
頷きながら、セラへと手を伸ばす。
「どいてどいてー!馬車が通るぞー!」
咄嗟に捌けた2人は左右に別れてしまう。
エルナリアは仕方がないと諦めながら、目の前が馬車を通る時に中を凝視した。
(―ぁ)
目で追っていると、途中で馬車が止まる。
(もしかしてですけど……一生で1度会えるか会えないかの……あの人ではありませんよね?)
そんなわけない―首を振りながら否定する。
周りを見ると、人々は馬車が道の真ん中で止まったことに疑問を浮かべ、罵声を浴びせている人もいる。
「ここで止まんな!邪魔なんだよ!聞こえてんのか!」
「真ん中で止まっていいのは貴族だけだよ!商人がこんなとこで止めようなんて警備隊が来てもおかしくないよ!」
興味が湧いたのか、馬車の中を覗こうとする者もいる。
―人々の好奇の目に晒されながら、馬車の主は外に出た。
その時、どこからやってきたのか……鎧を纏った兵士たちが続々と辺りを囲むとあっという間に見えなくなってしまう。
「これって神殿の紋章―ってことは神兵じゃないかしら」
いつの間にか隣にやってきていたセラは目の前を塞ぐ兵士の鎧に刻み込まれている紋章を見てつぶやいた。
「お師匠様。馬車の主の正体……もしかして―」
エルナリアの声を掻き消すような大歓声が響く。その中に混じる声を拾うと、やはりと頷く。
「―全兵、道を開け!」
隊長格らしき神兵が声を上げると、エルナリアとセラの目の前に道が開き、馬車の主と一直線に繋がった。
「こんな大掛かりなことして……注目を浴びちゃうわよね」
「一体なんの目的があるのでしょうか?」
白髪をさらりとたなびかせ、法衣が風により靡く。
一際輝く紋章は神殿の最高権力を表しており頭上ではヘイローが太陽の光を反射する。
―教皇だ。
目の前まで歩いてくると、人好きのする笑みを浮かべながら手を胸の前で組んだ。
「女神に祈りを―お2人とも、久しぶりですね」
「教皇様に再度出会えたこと、女神に感謝申し上げます」
セラは恭しく頭を下げ、さながら敬虔な信徒のようだ。
「ここで立ち話も疲れてしまうでしょうから、共に神殿へ向かいますか?」
その瞳は有無を言わせなかった。
「お言葉に甘えて、お願いします」
周りからの歓声が止まらない。教皇がくるりと向きを変えて歩くたび、まるでアイドルのような黄色い悲鳴が上がる。
「キャー!こっち向いてー!教皇様!」
「めっちゃかっこいいじゃないの!サインしてー!」
エルナリアは気の毒そうに教皇を見た。
すると、教皇は馬車に乗る前に指を鳴らし、途端に人々は静かになって動向を見守る。
「―皆様、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。ささやかながら、女神からの祝福を」
微笑むと、馬車に乗り込む。
「「きゃー!」」
エルナリアとセラも続いて乗り込むと外の群衆を眺める。
(それもそうですよね。教皇様と偶然居合わせたのですから……皆様はきっと、一生分の運を使ったと思ってらっしゃるでしょう)
しかし、エルナリアは正直困惑を隠しきれなかった。
(最初に出会った時の印象とはまるでかけ離れています。どちらが本当なのでしょう)
ゆっくりと動き始める。目の前で足を組み、ため息をついた教皇を見てセラは突然―
「ふふっ、あははっ!なにあれ、普段敬語で喋ってるなんて!ふふふっ!」
腹を抱えて爆笑し始め、エルナリアは目を丸くした。
『救済の運命が開花しますように』
ー
改善点等ありましたら是非ご指摘ください




