第16話「今は教えないよ」
※長編作品です
「わ、わぁ……すごい量ですね―これを全てわたくしに?」
目の前に並べられた料理を見渡しながら、隣に座るセラに問いかけた。
「もちろん!だって今回の英雄はエルちゃんだから!思う存分食べてほしいわ!」
「は、はぁ……それにしても、皆様大騒ぎですね。これでは支部長様に怒られるのでは……?」
「大丈夫!支部長は容認してるわ!英雄を讃えないでどうするって感じよ!」
酒を一気に飲むと、セラは大きく息を吐いた。エルナリアはその様子を見て嬉しそうに首を傾げる。
「どこか雰囲気が変わりましたね?」
「あ、分かるかしら?あのクズ野郎の幻覚のおかげで見失ってた自分を取り戻したのよ!これからはこれでいくからよろしくね、エルちゃん!」
「はい、よろしくお願いします」
酒場はどんちゃん騒ぎ、どこもかしこも樽が転がり肩を組んだ冒険者たちが楽しそうに合唱を始めている。
「2人とも〜、楽しんでるー?」
セラの隣に座ったのは―アッちゃんだった。今は受付嬢としてではなくただの冒険者としてこのバーティを楽しんでいるようだ。
「最高!お酒も料理も、やっぱりおばあちゃんのがいいわ!」
「これのおかげで冒険者で人助けやって良かったーってなるからね、やっぱり地域密着型冒険者支部は信用第1」
「これら全て、街の人からの贈り物なのですか?」
「そうそう、日頃の恩返しっていってみんな持ってきてくれたんだよ、最高すぎー」
そこでアッちゃんは小さく声を漏らすとセラとエルナリアに顔を向ける。
「そういえば、支部長が―パーティが終わり次第、支部長室へ来てください―って言ってたよ」
支部長そっくりな声音でそう言うと、アッちゃんは酒樽を近くに寄せた。
エルナリアとセラは互いに顔を見合せ、首を傾げる。
「……?とりあえず、分かりました」
「支部長のとこに行けばいいのね、分かったわ」
「よぉーし、今日は全力で楽しむよーー!」
その声を聞いた皆は一斉に声を上げて、腕を振り上げた。
……
―……
エルナリアは目を覚ました。体を起き上がらせると節々から痛みを感じる―うとうとしていたらいつのまにか眠ってしまったようだ。そばにあるジュースを1口飲むと、軽く頭を振る。
(あぁ……皆様も眠ってしまわれたようで……これでは支部長様の元には向かえませんね)
隣で眠るセラを見やり、悩ましげに首を傾げる。
(とはいえ、終わり次第支部長様の元に向かわねばならないと……起こすのは忍びないので、わたくしだけで行きますか……?)
エルナリアは立ち上がると軽く伸びをする。
(よく考えたらパーティはまだ終わっていませんね……?それならば少し散歩をして頭を冷やし……また戻ってわたくしも寝ましょうか)
……
扉を開くと鈴の音が耳を掠めた。真夜中の街中に響く自身の靴音に少し緊張しながらも歩みを進めていく。
(正直、至急の用事があるのであれば自らやってくることは容易に想像できますし、パーティ後でいいというのであればそこまで緊急ではないということですよね)
「―ふぅ」
小さくついたため息は静かに消える。誰もいない街中に1人佇んでいるこの感覚はどこかドキドキを与える不思議な気持ちであり、エルナリアは周囲を見渡した。
「……」
エルナリアはふと足を止めると、微かに目を細める。遠い場所に街灯に照らされた黒い人影が見えるのだ。
(―誰か……いるのでしょうか)
瞬きした瞬間、いつのまにか霧が辺りを覆っていた。すぐそばにあったはずの街灯すら認識することができず、エルナリアを不安が襲う。
「―っ」
視線を下げた、その一瞬のうちに微かに見えていた黒い人影は姿を消した。
一気に緊張が高まり、警戒を緩めないよう集中して息を潜める。
「―あぁ、ずっと……」
……ふわっと誰かが上から舞い降りてきたかと思うと、エルナリアに優しく抱きつく。あまりにも一瞬の出来事でエルナリアは反応することができなかった。
体が固まり、動揺してしまう―でも何故か怖くはなかった、どこかで積もり積もった優しさと温もり、そして密かな悲しみを感じ取ったから……
「待ってた……変えても尚会いたかったから―」
その人は名残惜しそうに1歩離れ、顔を上げると被っていたフードに手を置いた。
「ずっと、ずっと昔から―少し、話さない?」
その人はフードを取ったと同時に、微笑む。
「……先ずは敵か味方か、どちらか教えてもらっても?」
―少女は両目を閉じており、うっすらと笑みを浮かべている。切り揃えられた黒髪には髪飾りが1つ飾られており一際目立っていた。
「今は秘密。でもいずれわかるよ」
「……お名前は?」
「―今はリラネアって呼ばれたい、ダメ?」
「ダメ……ではありませんけど」
エルナリアは困ったように頬をかく。なぜだかこの少女―リラネアを前にしていると警戒しているのがバカらしくなってしまうのだ。
「もしかしてですけど、リラネア様は女神……だったりしませんか?」
思わず質問していた。リラネアがあまりにも神秘的すぎて直感的にそう感じたのだ。
「……今は教えないよ」
リラネアは背を向けると、体を軽く揺らしながら数歩歩く。
「私ね、本当は禁じられてたんだ、キミに会うのはダメって。でも1度だけならって許されたんだよね。フラペチアは融通が利かないなぁって思ってた」
「何のために……」
「だって、"あれ"だけじゃ伝わらないでしょ?エルナリアは忘れっぽいからやっぱり直接会わないとって思ったの」
「確かに少し物忘れが激しいですが……というか、1度会ったことが?」
「うん、最近ね。精霊王から少し妨害を受けたけど……でもキミを守ってくれるみたいだから許すよ」
手を後ろで組み、そう言って振り向く。エルナリアは眉を下げるとつぶやいた。
「本当に申し訳ないのですが……覚えてないようです」
「精霊王の仕業かな?ふふっ、ここの精霊王って過保護みたいだね―たぶん、キミの記憶を操作したんだよ。でも別にいいかな、だって私が来たんだから」
「伝えたいことって……」
「1つ目、まずは自分を信じること。2つ目、最後の選択の時、自分を信じないで」
「最後の選択、ですか?」
リラネアは口元に手を当てて笑う。
「ここはね、曖昧に言っておかないと。因果律にまた怒られちゃう」
「……」
「……因果律は言ったの『結果が"他の者"の手で変わることは許さない』って。だからその人自身の意思で変える必要があるよね。今のままだと何も変わらないから少しでも助けになれたらいいんだけど」
「心に留めておきます」
「うん、ありがとう。次はいつ会えるかな?しばらくは会えないから寂しいね」
「貴方様は……一体何者なのでしょう?」
「秘密。キミが知りたいことは全部、今じゃないよ」
話は終わりだと告げるように、風が少しずつだが吹き始めた。
「フラペチアが干渉を終わらせてって言ってるね」
「その……」
エルナリアはどこか寂しさを感じていた。この数分間だけで、リラネアに静かな水面のような安心感を抱きつつあったのだ。
「また会えたら……ううん、会えるよ。私がそうするから―ねぇ、エルナリア」
ゆっくりと、1歩1歩踏みしめるようにエルナリアの元に歩む。エルナリアは小首を傾げた。
「………?」
「また―壊れるかな?」
「こわ、れる……?」
「ふふっ、うん、壊れる」
スッと横を通り過ぎると、すぐに立ち止まる。
「―私、崩壊って言葉……好きじゃないんだよね」
「えっ?」
急いで振り返ると、いつのまにか姿は消えており、代わりに淡い紫色の花びらが空中に舞っている。不思議なことに、花びら全てはエルナリアに降り注いでいるように見えて、実は触れる直前に消え去っているのだ。
「―リラネア様……」
どこか幻想的な風景を前にして、晴れゆく霧を見つめながら、エルナリアは悲しそうにそっと目を伏せた。
『救済の運命が開花しますように』
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