第15話「理解者」
※長編作品です
「―っ」
夢幻者がエルナリアに注意を向けた瞬間、ラーフィネが突風を巻き起こし、夢幻者は遠くまで吹き飛ばされた。
(―ここの支部長はA級、さして脅威はないけどそれは僕だけの話―)
何本か木々を薙ぎ倒して、ついに止まる。煙が巻き上がる中、血反吐を軽く吐くと口元を拭って立ち上がった。
(諜報員は武に特化しない、これは捕まったか?それとも隠れているのか、どちらにしろ支部長との交戦は分が悪いはず、そうときたら、エルナリアか支部長かを選択しないといけないのか。もし諜報員が捕まって情報を吐かれると困るな……)
―『終章に足を浸した、君は失敗を経て即時帰還するだろう』
預言者の言葉が頭の中をチラつく。
(はぁ、失敗ってなんの事かな……?ちっ……預言者め、変なことを言って僕を混乱させたがっているのか?)
軽く腕を振るう。
―数秒後、夢幻者の隣に全身黒いマントで覆い尽くした人物が現れた。
「いいかい、即時撤退だ。ワープゲートが開くまでの数分耐えられる?」
「はい、着いていきます」
(結局諜報員を連れて来たけど、最善の選択かと言われたらそうでもない、リスクが増えただけだからね)
夢幻者は怪訝そうに眉をひそめた。
「……何故攻撃をしてこないのか、さっきまでの攻勢がまるで嘘のようだね」
辺りはひどく静かで、夢幻者と諜報員の呼吸音しか聞こえない。
「夢幻者様、もしや嵌められたのでは?」
「この僕が?嵌められる?……」
(―まさか)
とある考えに行き着いたところで近くから爆音が響く。
爆風が2人を襲い、夢幻者は透明な壁で身を守った。
「―っ、夢幻者様!」
夢幻者の背後に一瞬でラーフィネが現れ、瞬く間に鎖で拘束する。諦めたようにため息をつくと呟いた。
「はぁ、ここまでのようだね……僕の完敗さ」
「夢幻者様、組織の目的……何故わたくしを連れ去ろうとするのか、この神紫石を狙うのか……目的を教えてください」
「……エルナリア、君ってば詰めが甘いって言われない?」
「……?質問となんの関係が」
「嫌われることはしたくなかったんだけどね」
「―ぇ」
エルナリアは驚愕の色に瞳を染めた。
目の前で飛ぶ鮮血、首と胴体が離れたそれは地面に転がるとあっという間に切り刻まれて見る影もない。諜報員は瞬く間に命を散らされたのだ。
夢幻者は笑みを浮かべるとその姿を徐々に消す。
「―崩壊執行者は躊躇いなくこういうことをやるって……覚えておいてね」
「―ぁ、そ……そんな……」
口元を抑えると、エルナリアは目をそらす。
目の前の惨状を直視することが出来なかったのだ。
(こんな終わり方……人の死など望んではいなかったというのに……)
『すまないの、主の言葉をそのまま受け取って拘束だけ施してしまったの……』
光を纏いながら目の前に移動したラーフィネは頭の中に話しかける。
『主には笑っていて欲しいの』
ラーフィネが空中で1回転すると地面に散らばる肉片や鮮血は地面に飲み込まれて跡形も消えて無くなる。
「わたくしは……やはり、この感覚に慣れそうにありません……っ、お師匠様を起こして来ます……」
ラーフィネは地面に足をつけると、埋めた辺りの土を撫でた。
「にゃ〜……」
足を離すと、そこには小さい種が芽吹いているのであった……。
……
「……お師匠様、起きてください」
「……ぅ」
「お師匠様……」
「―っ……エルちゃん?」
「終わりましたよ。夢幻者は逃げてしまいましたが内通者は……」
「―エルちゃん?」
セラは悲しそうに眉を下げると体を起こし、そっと抱きしめた。エルナリアは強く抱きしめ返すとギュッと強く目を瞑った。
「わたくし……目の前で人が死んで……怖いんです……目が合って、その光景を思い出すと数分前には生きていたんだって……そう思うと胸が苦しくなって」
「初めて人が死ぬ光景を見たようね、辛かったでしょう」
「……わたくしは、自分が許せないのです」
(この歳で様々なことを体験している……エルちゃんにとってはとても辛いこと……まだ幼いのに、両親も、国も……失っているなんて)
セラは気を逸らすように話題を変えた。
「―エルちゃん、街に帰ると豪華なパーティが待ってるわ、エルちゃんのために冒険者のみんなが用意してくれてるって、ミーちゃんが言ってたでしょう?支部長からも何かプレゼントがあるかもしれないわよ?」
「わたくしは……」
セラは微笑む。
「―私たちの目的はこの街を救うこと……結果的に魔物たちは撤退してあのクソも逃げた……これらのことをみんなは達成できなかったのにエルちゃんは完遂した、これって本当に凄いことよ」
「お師匠様……」
「……私は人の死に慣れろとは言わないわ。人が死ぬことに慣れることは、心が弱っている証拠だから……だからエルちゃん、その悲しみを忘れないで」
「確かに……内通者は悪いことをしました、ですがだからといって死ぬのは何かが違う……わたくしはこの怒りを一生忘れることは無いと思います、きっと……」
(この旅には確かに他の思惑もある、でもだからといって思惑同士が共存しないこともないんだから……"彼女"を見つける他にも……エルちゃんの1番の理解者で……親代わりになることもできるわよね?)
「人の死をもう見たくないなら……強くなる他ない……私もね、エルちゃんと同じように人の死を見たことあるの―だからこの提案をするわ。考えを変える……っていうね?」
「考えを……変える……?」
「エルちゃんが、人の死を悲しむ理由は何?」
エルナリアは目を一瞬見開いた後、ゆっくりと言った。
「……その人がいなくなって、もう2度と会えない……周りの人も……寂しくなってしまうから……」
「えぇ、それは間違ってないわ」
セラは優しく続ける。
「“次の生には行けない”って教わったのよね。でもね……それが本当かどうか、誰にも分からないものなのよ」
「分からない……?」
「ええ。だからこそ、私たちは“どう受け止めるか”を自分で選べるの。死が怖いなら、“来世があるかもしれない”って思ってもいい、そう思えたら……少し楽になるでしょう?」
エルナリアは驚いた顔をして、ゆっくりと頷いた。
「……来世があるかもしれない……」
「ええ。神様も、嘘なんてつきたくないと思うの。ただ……真実を全部言えない時だってあるわ。だから私たちが生きやすいように、“それとなく”伝えるだけなの」
「……」
「エルちゃんの悲しみは本物よ。その気持ちは忘れないで。でも……悲しみに押しつぶされないように、自分なりの考え方を見つけていくのだって大切なの。それが、強くなるってことよ」
エルナリアはそっと目を伏せ、小さく、けれど確かに頷いた。
(あぁ…何故わたくしは―悲しいという感情が分からないのでしょうか、涙さえとうに枯れ果ててしまったというのですか)
セラが繰り返し言う"悲しみ"
しかし何度聞いても、自らへの怒りと恐怖が埋め尽くすのだ。
(怖い、分からない……悲しい……?そういえば、両親は亡くなっていると聞かされた時でさえわたくしは涙を流せませんでした―こんなにも、人と異なるということは恐怖を覚えるものなのですね……人に言えないこともまた……)
『救済の運命が開花しますように』
ー
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