第10話「母の匂い」
※長編作品です
エルナリアは煌月を見つめる。
―『其方の契約を見守るためだ』
その言葉を確認して、エルナリアは前を向いて支部長を見つめた。
「時間の猶予もありません、支部長様―この陣をもう1度使用しても構わないでしょうか?」
「そこまで急ぐ必要は無いのでは?敵が休んでいる今、貴方達も身を休めるべきです」
心配してのことだろう、エルナリアは眉を下げる。
「だからこそわたくしは急ぐべきだと考えます。それに、数時間後―また敵はこの街に襲いかかってくるでしょう」
「何故そう考えるのですか?」
煌月が口を開く。
『先程からこの街に迫る集団がいる、それも統率されてな。囲むように進軍しているようだが、これは其方が言っていた魔物の軍団か?』
「……街を囲むように、そして統率を見せている点からも確実にそうだと思います」
支部長はしばらく考えると身を翻し、扉付近まで歩く。
「その陣は自由にお使いください―準備が出来次第、セラに声掛けを。そして2人で指導者の討伐をお願いできますか?」
「―はい」
支部長は少し口角を上げると、扉を開く。
「―敵がどんな意図で来たにせよ、私達はそれを知ることはありませんので安心してください」
そう言うと姿を消した。エルナリアは嬉しそうに頷く。
「支部長様はとても良い人のようです、何故敵がここを襲うのか理由を分かっていながら分かっていない振りをしてくださるようですね」
『其方の勇気と心意気に改心したのではないか?少なくとも悪意は感じないからな』
エルナリアはコクリと頷く。
「支部長様の考えている通り、敵はわたくしを目的としています。それは現れている時期からも分かる通りです、そして敵はわたくしがここにいることを知ったためにこうやってまた進軍を開始した―誰か内通者がいるとみても良いでしょう」
煌月は隣に並ぶ。
『其方はこの現状をどう打破するのだ?』
「―とりあえず、支部長様を利用しようかと。お強いようですし……指導者は、もし支部長が現れたら、考えねばならないでしょうね」
『ほう』
「しかし、内を叩くのはそう簡単ではありませんよね……」
エルナリアは落ち着くために息を吐く。
『―緊張するか?』
「はい……成功するかは分かりませんから―それにお師匠様をも巻き込むのは申し訳ない気持ちでいっぱいです」
『召喚についてはどうだ?』
「1度経験したので、それほど緊張はありません……上級精霊が来て下さるのかが気がかりですが……」
『安心するがよい、其方を見つめる者は数多くいる―余もその内の1人だ』
「……ふぅ……では、終わらせてきますね」
息を大きく吐き、緊張を逃すようにして目を瞑る。
(……大丈夫です、今のわたくしならきっと成功できます……強気に行きましょう)
覚悟を決め、陣の目前に向かう。
『……やはり、余の時よりも緊張しているのではないか?』
煌月がそう呟くと、エルナリアは笑みをこぼす。
「それは……どうでしょう?」
2歩前に進み、膝をついて祈りの体勢をとる。
「―我の祈りに応え、我の願いに耳を傾けよ。万物の子らよ、汝らに選ばれし栄光を、汝らと共に運命を探る瞬間を……約束と共に訪ね、夢を叶えん」
『……』
煌月は腕を組むとじっと見つめる。
―すると、陣が青白く輝き始め……風が吹き荒れ始めたのだ。
「……っ」
目を瞑ったまま風に耐え、ギュッと合わせた手に力を込める。
―すると、風と光は急速にエルナリアの目前で収束し、一点に天井を貫き空を覆っていた雲を蹴散らして見せた。
重く響く風の音が耳元で鳴る、エルナリアはそっと目を開くと立ち上がり、パラパラと破片を散らす天井を見上げると小さく呟いた。
「……弁償……でしょうか」
―『主……と、精霊王様……』
声の聞こえる方へ視線を向ける。そこには静かに佇む白猫が、じっとエルナリアを見つめていた。右目は青く、左目は赤いオッドアイの瞳を持ち、しっぽが二股に別れている。白く綺麗な毛並みでよく見ると瞳には模様がありそれは額にも刻まれていた。
「はじめまして、わたくしはエルナリアと言います」
『ラーフィネって呼んで欲しいの……主から母の匂いを感じるの、でも違うの……』
「わたくしが……母……ですか?煌月様、どういうことでしょうか」
煌月は何度か頷く。どこか満足そうだ。
『此奴は余が序盤で作り上げた精霊―ふむ、ならば安心か』
(……わたくしの話、聞いていませんね……)
エルナリアは気を取り直してラーフィネに問う。
「わたくしと契約をしてくれますか?」
『そのために来たの、取り合いなの……。でもラーが選ばれたの、嬉しいの』
(自分のことをラー……と呼ぶのですね……しかし、猫とは……何とも可愛らしいです)
『契約するの……額を貸してほしいの』
ふわふわと浮かび上がると、エルナリアの額にラーフィネは口付けを落とす。
するとエルナリアの額にラーフィネの額と同じ紋章が浮かび上がった。しかしそれはすぐに消える。
『完了なの……』
くるりと一回転すると、エルナリアの右肩に乗っかる。
『これからは、時々ここにいるの……安心するの』
「いざという時に頼れますね!」
『精霊王様……も、ずっと一緒なの?』
『余はまだ仮契約しかしておらぬ、故に其方と契約してもらったのだ』
『……なの……分かったの……必ず守るの。ラーは頑張るの』
「ラーフィネ様、共に頑張りましょう!」
張り切ってそういうと、ラーフィネは首を振る。
『主、ダメなの。ラーを様付けは困るの。主は主なの』
「あ、そうですね!では、ラーフィネ……ラーフィネラーフィネ……ラーフィネ……」
『くすぐったいの……そんなに呼ばれると照れるの』
ラーフィネはしっぽでエルナリアの頭をパフっと叩くと、恥ずかしそうに毛繕いを始めた。
『救済の運命が開花しますように』
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