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第二十三話 PMは決断を迫られる

赤の破壊光線は、直撃すれば広場を避難民ごと焼き尽くすことが容易に想像できた。

導線にいた大通りの冒険者や魔物は、その熱線に触れただけで悲鳴も上げることができずに一瞬で燃え尽きる。

まさに悪夢のような光景の中、誰一人その火炎ブレスに反応できない。

俺も例外ではなかった。

目で追うことすら難しい攻撃を、広場前に駆けつけた彼女が待ち構える。


「フネ!」


俺は思わず叫んだ。

叫びながら俺も駆け出している。

向かったところで俺が何をできるわけでもなかったが、それでも身体を動かさないという選択肢はなかった。


「こ、ん、ち、くしょーーーー!!」


広場の人間の悲鳴にも負けないくらいの、フネの大声が轟く。

彼女のかざした両の手のひらの前方で、目に見えるほどの形で大気が歪んだ。

赤い光がフネと衝突し、凄まじい光量と爆発音が響き渡る。

俺は視界が光に閉ざされる中を、懸命に彼女の元へ走った。

ピットが俺に向かって何か告げているが、今の俺の耳には届かない。

閃光が収まり、ようやく視界が利くようになった俺の目の前には、膝をついたフネの姿が飛び込んできた。


「フネ、大丈夫か!?」


俺が声をかけると、彼女はこちらを振り返っていつものように笑顔を浮かべる。


「なんとか、ね。ロゴちゃん、半端ないわ……」

「……そう、だな」


恐らくここまでの戦いで、彼女も限界に近いのだろう。

それでも笑顔でいるのは、彼女なりの矜持なのか、俺を安心させるための心遣いなのか――

俺は歯切れ悪く答えながら、周囲に視線を向ける。

フネが防いだお陰で、広場の避難民たちに被害はない。

ほっと胸を撫で下ろすが、突然刺すような鋭い視線を感じて俺は高台に目を向けた。

高台の上では、エドワードがこちらを鋭い眼差しで見つめている。

まるで、邪魔をするなと言わんばかりの様相。

俺はその態度に、無性に腹が立った。

彼女が守ったものを、無下にされたような嫌悪感だ。


「オサム、ロゴちゃんがこっちに向かってくる。多分次はシールドがもたないと思う。ねぇ……どうすればいい?」


俺がエドワードと視線を交わしている中、フネが不安そうに言葉を投げかけてくる。

彼女の言葉を受け、彼女の視線を辿り――俺は小さく息を飲んだ。

空を覆う巨大な黒龍が、広場に向けてゆったりと近づいてきている。

火炎ブレスでは仕留めきれないと思ったのか、直接叩こうとしているのかわからないが、その姿はまさに災厄が形を成して、死を運んでくるような光景だった。

広場中に再び、不安の声や、悲鳴が波紋のように広がり始める。


「ピット、ロゴスを何とか止める手段はないのか!?」


俺は初めて、自立型AIに縋るしかない自分を自覚しながら問いかけた。


「……申し訳ありません。現時点での材料では、次のロゴス様の攻撃を防ぐ手段はありません」


だがピットの回答は無情なもの。

いや、端末は使用される側であって、悪いのは何も考えつかない自分自身だ。


「それより、さきほどから部長の緊急コールが十件以上入っております。一度繋ぎます」

「そんなのは後にしてくれ!」


続けて放ったピットの通知に、俺は思わず声を荒げる。

だがAIで部長の顔が表示されると、俺は思わず背筋を伸ばした。

会社人間として染みついた性に、辟易とする。


「吉田君か!やっと繋がった。一体何をしているんだね、君は!」

「手短にお願いします。今非常に切羽詰まっておりまして!」


俺は少し乱暴な口調で、憤る部長に本題を急かした。

今この場で、なぜ反応が遅れたかとか、無駄な問答をする時間はない。

こうやって喋ってる間にも、黒い災いはみるみる距離を縮めてきている。


「……まぁいい。話は例のプロジェクトの件だ。先日君が提案した暫定パッチ。サーバ全台へ適用後、システム再稼働したのだが、事象は復旧せずにむしろ悪化している。もう何度も乃木本部長から、説明と対策を求めるクレームが私の元にひっきりなしにかかってきているんだ!」


部長の言葉は、最後の方はほとんど嘆きの声になっていた。

俺はその報告を受けて、やはりかと心中で落胆する。

ベンダーが提案してきた、ほぼ当てずっぽうのようなパッチだったが、やはり効果はなかったようだ。


「部長、その件はもう一度メンバーと協議して、私から乃木本部長へ直接連絡します」


俺はそれだけ伝えると、返事を待たずにピットに回線切断の指示を出す。

まだ何か言いたげな部長の顔が、中空から消失した。


「ねぇ、オサム。あいつ、何かやるつもりよ」


入れ替わりに、立ち上がったフネが眉をひそめて高台を指さす。

そこにはエドワードが、迫りくるロゴスに対して、大仰な仕草で剣を振りかざす姿があった。

彼は背後の王に何事かを呟くと、余裕の表情を浮かべ、そばにひかえる『深紅の鷹』の冒険者数人に指示を出す。

それを受けた冒険者たちが、エドワードに向けて全員手をかざした。

かざされた手から流れ出た淡い光が、彼を包み込んでいく。


「馬鹿じゃないの。あんなので、ロゴちゃんの攻撃を防げるわけがないじゃない」


フネが忌々しそうに漏らした。

俺にはその感覚はわからないが、少なくともフネが言うなら間違いないのだろう。


「さぁ、来い。災いの龍よ!このエドワード・ヴァンスが相手になろう!」


芝居がかった声に、広場中が沸き立つ。

口惜しいが、自己プロデュースのスキルは大したものだった。

――結果が伴えば、の話だが。


『ゴォアアアアアアアアアア!』


エドワードの立つちょうど真上まで迫ったロゴスが、雄叫びを上げて彼めがけて急降下する。

同時にフネが俺の肩に飛び乗った。


「ごめん、オサム。あそこまで走って!さっきから足が痙攣して動けないの!」

「……分かった!」


フネの言葉に、考える時間はなかった。

意外なほど軽いフネを背負いながら、俺は無我夢中で、ロゴスとエドワードの衝突する場所へ走り出す。

まるで隕石の落下のような災厄の到来まで、後わずかだった。




空を覆い尽くすような、比類なき巨大な意思を持つ怪物。

駆けつけた俺も、余裕の笑みを浮かべていたエドワードも、この国の王も、広場の民衆も。

誰もがその眼に映る脅威に、言葉を失くしていた。

コマ送りのような世界で、ロゴスの建物ほどある腕と鋭い爪が、深紅の英雄に向けて振るわれる。

彼の周囲に張り巡らされた光の障壁は、爪の先が触れるだけで大気に虚しく霧散した。

エドワードの顔が驚愕に歪み、周囲にいた彼の取り巻きがその場から逃げ出す。

――唯一、その静止した世界の中で、俺の相棒だけが俊敏に動きを見せた。

肩から降りたフネは、動かない足で地を蹴り、エドワードの前に躍り出る。

分厚い爪と、彼女の大剣が火花を散らして衝突した。


「たりゃあっ!」


初撃を辛うじて弾いたフネだが、勢いに押し敗け地面に手をつく。

だがロゴスの爪による連撃は途切れることなく、彼女は手をついたまま、それらを片手だけで防ぎ続けた。

端から見ていても、あれではいずれ突破される。


「オサム様、メンバーから緊急でテレカン招集の通知が」

「今は無理だ!待たせて――」


ピットの容赦ない報告と同時に、今度はフネとロゴスの対決の目の前で、見知ったメンバーたちの困り顔がARで次々と並んだ。

さっきから、現実世界側の通知をピットが制御できていない。

それほどのピンチなのだろう。


「あ、吉田さん!お忙しいところすいません!」

「またベンダーから新しい修正パッチが出てきたんですが、どうしましょう!?」

「顧客から事象再発のログが投げつけられたんですが、手が回らなくて……」


一斉にプロジェクトメンバーたちが、俺に向けて泣き言に近い報告を上げる。

泣き言を言いたいのは俺の方だ。

目の前のフネのピンチと、会社のピンチ。

だが、これを曲がりなりにも望んだのは俺自身だ。

俺は片耳だけヘッドフォンをあてると、ある考えを思いつきメンバーへ指示を出す。


「商用環境の監視システムの統計データを、画面共有してくれ」

「きゃぁ!」


俺の指示と、フネの短い悲鳴が重なった。

もちろんミュートは外れていない。


「フネ、大丈夫か!?」


そんなことにも気が回らず、俺は彼女の元に駆け寄った。

一瞬だけ視線を外した隙に、ロゴスの猛攻にやられたのか、彼女はうつ伏せで地面に倒れている。

俺がフネの上半身を慌てて抱き起すと、彼女は意外にしっかりとした眼差しで俺を見つめた。

口の端からは、赤い雫が一筋垂れている。


「う、ん……大丈夫みたい」

「くそ!フネ、すまない。ロゴスを止める手段が思いつかない」

「……」


彼女は一瞬押し黙り、俺の胸に額を寄せると、すぐに元気に起き上がった。

それから地面に転がった大剣の柄を握りしめると、低いうめき声を上げ天空を漂う黒き龍に向かって、ふらふらとした足取りで歩んでいく。


「大丈夫。オサムなら思いつくよ。天才美少女フネ様が言うんだから、間違いないもん」


振り返らずに、いつもの口調で彼女は言った。

その背に被さるように、先ほど指示した統計情報のデータが浮かび上がる。

しかし俺の視界には彼女の背中しか見えなかった。

彼女を助けるために打つ手が思いつかないという、忸怩たる思いが胸中を巡る。


「吉田さん、何か悲鳴が聞こえましたけど、大丈夫ですか?とりあえず事象発生時の、監視端末のグラフを共有しましたが……」

「……あ、ああ」


俺は生返事を返しながら、ロゴスに近付いていくフネを見送っていた。

視界の先で、エドワードが活躍の好機と見たのか、剣を振りかぶってロゴスへ迫る様子が映る。

空の支配者が、まるで虫でも払うかのように、巨大な尾を彼に向けて叩きつけた。

恐らくエドワードでは敵うはずもない。

自業自得――


「バカ!避けなさいよ!」


だが、フネはそんなエドワードを助けるべく、叫びながら彼を突き飛ばす。

身代わりに彼女は尻尾の一撃をまともに食らって、再び地面に叩きつけられた。

パキン。

という乾いた音が、俺の耳朶を打つ。


「……あぁああああああ!」


続けて、彼女の絹を裂くような絶叫が広場中に響き渡った。

倒れたフネの右腕が、だらりと垂れ下がり赤黒く変色している。

激痛から涙を浮かべて地面を転げ回る彼女に、ロゴスが今度こそとどめを刺すべく、悠然と空から下降してきていた。

もはや、一刻の猶予もない。

その時、先ほどから表示されっ放しだった統計データのグラフで、突出したパケットの盛り上がりに目が留まった。

思考していた時間は、一秒にも満たない。

俺は唐突に現実世界のトラブルの原因が、システム不具合ではなく外部からのセキュリティホールを突いた、人為的なクラッシュであることに気付く。

同時に、ロゴスが俺にくれた龍の鱗が、生体認証を兼ねたセキュリティゲートであったことを思い出した。

そうか――

ロゴスの暴走は、『不正アクセス』によるものだったのか。

俺は走り出し、尻もちをついたままのエドワードの前までくると、彼の胸倉を掴んで乱暴に持ち上げた。


「龍の鱗を出せ、くそ野郎!!」

「ひ、ひぃ……」


生まれてこの方、こんなに誰かを怒鳴ったことなどなかった。

だがなりふり構っていられるものか。

彼の胸元から、かしゃんと黒い何かが地面に落ちる。

俺はそれを手に取ると、彼を掴んでいた手を乱暴に突き放した。


「ピット!ロゴスに不正アクセスを行った跡があるはずだ!そこをARで表示しろ!」


俺の肩の上で、ピットが悠然と空から下ってくるロゴスに小さな瞳を光らせる。


「分析完了。AR出力します。しかしオサム様、膨大な魔力が必要になります」


ロゴスの頭部に、例の赤い矢印が表示された。


「お、オサム……。ロゴちゃんを止める方法、思いついたんだね」


俺の横に、いつの間に起き上がっていたのか、フネが右腕を抱えながら立っている。

立っているのも辛そうだったが、彼女の魔力を頼るしか今はなかった。


「俺が鱗で狙いを定める。フネは俺もろとも、ありったけの魔力をぶつけてくれ!」

「うん!」


俺たちに迫りくる、巨大な黒い龍。

俺は視界を覆い尽くすそれと対峙し、手にした黒い鱗を赤い矢印目がけて無我夢中でぶつけた。

同時に、背後から片手だけで抱きついていたフネが、俺を通してありったけの魔力を放つ。

身体中を、暖かい何かが駆け巡るのを俺は感じていた。


『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


ロゴスの咆哮は、まるで嵐のようだった。

吹き飛びそうになる身体を、俺たちは互いを支え合い、踏ん張る。

長い長い雄叫びは、永遠とも思えるほど続き――そして唐突に沈黙が訪れた。

ロゴスの血に濡れたような血走った双眸が、すうと聡明な黄金色に戻る。


『おお。いつぞやの、異世界人ではないか』


彼は少し驚いたように、巨大な口を開き、目を細めた。

俺に半分もたれかかった状態で、フネがそんなロゴスに笑顔を向ける。


「ロゴちゃん、戻ったんだね」

『……前も言ったが、ロゴちゃんはやめろ。人間の女』


彼は前と同じように、苦虫を潰したような表情で答えたのだった。

だいぶ長くなってしまいました。

もう少しお付き合い頂けると幸いです。

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