第二十二話 PMは龍と望まぬ再開を果たす
「とりゃあああああ!」
以前見た禿頭の魔物――アイアントロールを、高く飛躍したフネの大剣が一刀両断する。
俺の隣の隊長がその光景に、思わず感嘆の声を漏らした。
だが着地したフネには、すでに三体のレギオンウルフが飛びかかっている。
彼女は勢い余って地面に突き立てた剣を支柱に、片腕だけで自身の身体を宙に浮かせると、飛びかかってきた魔物を蹴りで弾き飛ばした。
三体纏めて吹っ飛んだウルフは、そのまま地面に激突しぴくりとも動かなくなる。
「まだまだぁあああ!」
そのまま彼女は激昂すると、剣を引き抜き、騎士団と交戦するレイジオーガに疾風怒濤の勢いで駆けた。
騎士団の一人の身体を握り潰そうとしていたオーガは、フネの咆哮に気づくとその手を離し、フネへと攻撃対象を変える。
二対の角を携えた鬼は瞳を紅く染め上げ、巨大な鉄の槌を迫りくるフネへと叩きつけた。
振り下ろされる鉄槌。
石畳の地面が砕け散る音に、魔物は鋭い牙が並ぶ口を歪める。
だが粉塵が晴れた先には、フネの姿はなかった。
彼女の姿は、オーガの放った鉄槌の上。
そしてあろうことか、そのまま鉄槌の長い柄の部分を彼女は駆けあがり、まだ笑みを浮かべたままの鬼の首を一閃する。
成人男性ほどの巨大な頭部が、空に舞い上がった。
――この間わずか、刹那の出来事。
「オサム、次はどこ!?」
こちら振り返ったフネが、少し顔にかかった血を拭いながら俺に声をかける。
俺は予めピットに表示させていた、エリア内の魔物マップに目を落とした。
この先で、騎士団二人が魔物五体に囲まれてる。
さらに右方では、騎士団一人に、魔物三体だ。
「凄まじいですね、彼女」
「ええ。力があり余ってるんです。とはいえ……さすがに多過ぎるな。しかも森林側からも、まだ増えてきている」
横で感心の声を漏らす隊長に、俺は相槌を返しながらも頭を抱える。
表示されたAR画面上には、エリアの端――ノアール大森林から、アステリスク国内に湯水のように魔物のアイコンが増殖していた。
まるで古に流行った、パソコン画面に広がる悪性のウイルスのようだ。
これでは、いくらフネがここで魔物を屠り続けても、焼け石に水だろう。
しかもどういうわけか、魔物たちは全て中央を目指している。
「ちょっと、オサム。次どこなのよー!」
業を煮やしたフネが、いつの間にか俺の目の前まで戻ってきていた。
黒髪が汗で顔に張りつき、呼吸も荒い。
彼女も人間離れしてるとはいえ人間だ。
「フネ、この地域の人たちの避難は終わっている。ここで魔物を倒していても、きりがない」
「じゃあ、どうするの?」
「……」
俺はしばし腕を組み、思案する。
いずれにしても、魔物たちは同じ場所を目指していた。
この場で留まるよりかは、俺たち含め戦力は中央に戻して、魔物たちをまとめて叩いた方が効率的である。
「一旦中央のガウェインさんたちと合流しよう」
「わかった。オサムに任せる!」
フネは大剣を肩に担ぐと、大きく頷いた。
俺は隣の隊長にも一緒についてくるように促すと、ピットにはじかせた中央までのコースを走り始め――ようとして足を止める。
それから思わず空を見上げた。
「――!?」
まだ日が高く昇っていたはずなのに、辺り一面が暗闇に包まれている。
同時に周囲の魔物たちが、次々にけたたましい雄たけびを上げ始めた。
「な、何事ですか、これは!?」
隊長が甲高い声で、悲鳴に近い声を上げる。
だがそれよりも俺を恐怖せしめたのは、隣で震えるフネの様子だった。
彼女は顔を青くし、俺と同じように天を仰ぎながら呟く。
「ロゴちゃんだ……。すごく……怒ってる」
闇のヴェールの正体は、遥か上空を泳ぐ古の龍。
それはアステリスク国の守護が、災厄として到来した証だった。
アステリスク城の正面通りを少し逸れた場所に、不自然なほど開けた巨大な広場があった。
ここはガウェインに聞いたところ、数年前に取り壊された大聖堂の跡地らしい。
かなり広大な敷地面積を誇っていたらしく、その広さはアステリスク城の約二倍。
国民の避難先としては、最適な場所というわけだ。
今そこに国中の避難民が集められ、周囲を騎士団の面々が警護についている。
俺は騒然とするその中をかき分け、大声で他の騎士に指示を出しているガウェインの前に辿り着いた。
「おお、二人とも!」
彼は俺たちの姿を見つけると、小走りで駆け寄ってくる。
すでに自身も戦闘に参加していたのか、血で汚れた鎧は戦いの跡が刻まれ、手にした片手剣は刃こぼれがひどい様子だった。
俺はガウェインに、手短に東の貧街の状況を説明する。
ノアール大森林から押し寄せる魔物たちと、上空に見たロゴスのことを話すと、ガウェインの顔色がみるみる青ざめていった。
「……龍が出たのか。その口調だと、我々を護りにきてくれたというような感じではなさそうだな……」
短い銀髪をかきながら、不安げに口を開くガウェイン。
龍の存在を聞けば、龍の加護の伝承に縋りたくなる彼の気持ちはわかる。
だがあの時空に見たロゴスは、以前『古龍の遺跡』で見たような知性を全く感じなかった。
「ロゴちゃんは、多分壊しにきたんだと思う」
俺の横で肩で息をしながら、フネが小さく呟く。
中央に戻る道すがら、魔物と交戦していた騎士団を助けるため、すでにここまでフネは魔物を三十体以上討伐してきていた。
疲労もピークだろう。
俺は水筒を彼女に持たせると、少し休むように伝えたが、彼女は首を横に振った。
「まだ、いっぱい魔物がいるもん。休んでられないよ。それに……」
言いながら、彼女は視線を避難所の広場に向ける。
その眼差しは、珍しく何か思案の光を放っていた。
俺が彼女の意図を掴めず、問いかけようとした時、広場中のざわめきが一斉に大きくなる。
それは悲鳴の集合体だった。
「な、なんだあれは!」
「ど、ドラゴンだ……。ブラックドラゴンが出たぞ!」
「ひぃい。な、なんて数の魔物。も、もう、終わりだぁ!」
泣き叫ぶ者、混乱し取り乱す者、絶望し膝を折る者。
誰もかれもが、大通りを埋め尽くす魔物の大群と、その上空で羽ばたく巨大な漆黒の龍の出現に戦慄く。
ガウェインが皆を落ち着かせようと大声で騎士団に伝令を出すが、とても混乱は収まりそうになかった。
――その時、喧騒を切り裂くような鋭い声が広場中に響き渡る。
「鎮まれ、皆の衆!」
一瞬で、皆が声の主の方を振り向いた。
俺でさえ、その澄み渡った威厳ある声の引力にひかれて顔をそちらに向ける。
大聖堂の名残であろう祭壇の跡、少し周囲より高くなった平台の上に立つ一人の男。
豪奢な紅き鎧を身に纏い、大振りの光輝く大剣を地に突き立て柄頭を握りしめて立つのは、エドワードだ。
彼の周囲では、鷹の意匠が施された鎧姿の男たちが、整然と並んでいる。
その中には見覚えのある、ギルバやカイルの姿もあった。
「見よ。我らが守護たる龍は、我らを裏切り敵となった!だが、安心しろ。私と『深紅の鷹』がいる限り、アステリスク国は安泰だ!」
握りしめた剣を空の彼方に向け、エドワードが吠える。
自作自演もここに極まり、というところか。
俺はその演説めいた彼の講釈を眺めながら、ふと思いついたことをピットに質問する。
「あの、バーサーカージュエルと呼ばれた宝石。あれを用いて、ロゴスを暴走させることは可能なのか?」
「不可能です。相対した時点でのロゴス様の魔力量がナレッジに残されてますが、人の身であの魔力障壁を越えて外部操作することは叶いません」
ピットが俺の肩の上で、回答を紡いだ。
可能性の一つとして考えていたが、否定されて俺は再び袋小路に陥る。
俺の視界の向こうでは、魔物の大群と『深紅の鷹』の戦闘が始まっていた。
さすがに凄腕の冒険者たちをヘッドハンティングしていただけあり、鷹の隊の一人一人は強力な魔物を相手にしても、ひるむことなく着実に戦果をあげている。
剣士だけではなく、魔法使いもいるようで、上手く連携を取りながら一体ずつ確実に仕留めていた。
その中でも一際目立つ巨体のギルバは、自らが先頭に立ち、手にした斧で魔物を次々と粉砕していく。
フネに一撃で昏倒させられた男、という印象しかなかったが、優秀な戦士だったようだ。
彼らの戦いを高台の上で悠然と見守るエドワードは、よく通る声で冒険者たちに指示を出し、戦況を支配していた。
目を凝らすと高台の下では、オーウェン王が不安げな面持ちで控えている。
わざわざ王をこの戦場に連れ出してきたことに、俺は嫌な違和感を覚えた。
「まずいよ……。オサム」
その時不意に、フネが不穏な声を漏らす。
俺は声に反応して、意識を隣の彼女に戻した。
だが彼女は俺の方は全く見ておらず、『深紅の鷹』と魔物たちとの戦いにも目を向けていない。
彼女が見すえるのは、魔物たちのさらに後方――空の上。
上空で漆黒の翼を大きく広げ、眼下を見下ろす巨龍ロゴスだ。
その双眸は、以前ダンジョンで見た聡明な黄金色ではなく、不気味に光る血のような赤で濡れていた。
「だめ。くる――!」
「オサム様、上空に超高濃度の熱源反応!」
フネの声と、ピットの反応はほぼ同時。
彼女の姿はすでにそこにはなく、広場の大通りに面した入口に高速で駆けつけていた。
『グロォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
ロゴスの咢から、咆哮と共に一筋の赤い線が放たれる。
それは凄まじい速度で、魔物や鷹の冒険者の何人かを貫き、広場に向けて奔った。
これが災厄の始まりを告げる鐘となる――
そういえば、書いてて、フネの視点の話も書きたくなってきた。
一人称だと中々語れない。
新しいプロジェクトも考えなきゃ笑




