第二十一話 PMは国を奔走する
兵舎に俺たちが戻ると、室内は騒然としていた。
鎧姿の騎士団の男たちが所狭しと、散らかった部屋を慌ただしく動いている。
誰もかれも目が血走っており、呼吸も荒く、戦々恐々とした様相だ。
「あ、帰ってきた!」
そんな中、場違いな声が部屋中に響き渡る。
勿論、声の主は、俺たちが戻ってきたのを真っ先に見つけたフネだ。
彼女の一言で、一瞬部屋の喧騒が途切れる。
だが寸暇の後、今度は一斉にガウェインの周りに人が集まってきた。
「東の市街地にオーガの群れが!」
「周辺境界の南エリア貧街が壊滅状態です!至急応援を!」
「ノアール大森林を巡回していた一番隊から伝令!ノアール大森林の防衛線を多数の魔物が突破したと!」
「ガウェイン隊長、我らはどこに向かいましょう!?」
喧々囂々と騒ぎ立てる騎士団の面々に、さすがのガウェインもさばききれず、目を白黒させる。
俺はその隣で、彼のフォローを図るべくピットに素早く指示を出した。
(ピット。報告を分類して、アステリスク国全体の被害マップを急ぎ可視化してくれ)
(了解しました)
ピットのつぶらな瞳が明滅し、室内の長机上にアステリスク全域を映した画面が表示される。
同時に全域がエリアで分割され、正常域は青く、危険域に近付くほど赤くなった。
「皆さん、各エリアの被害状況と騎士団の方のリソース……人員数を教えて下さい」
突然中空に表示されたAR画面に、皆が注目を集める中、俺が声をかける。
――が、誰一人としてそれに応答しない。
小声でひそひそと、「な、なんだこの光の地図は」とか「怪しい魔法か?」といった声が漏れ聞こえてくる。
そこで俺は自身が、まだ怪しい仮面をつけたままだったことを思い出した。
「こ、この方は私の補佐のルイスさんだ。各自、状況をルイスさんに伝えてくれ」
ガウェインがフォローを入れたのを皮切りに、ようやく皆、次々に口を開いて報告を始める。
隊長格以外に面識がない以上、どうやらこの仮面は当分外せそうにない。
「――以上、このエリアは五名の三番隊の騎士団が討伐にあたってます」
「ありがとう」
俺は入手した情報を即時ピットにインプットすると、収集した結果を確認する。
アステリスク国は大きく弧を描くように造られた都市になっており、この城が座する中央区、東西南北の中層エリア、円の最も端に位置する貧街の層に分かれていた。
現状ノアール大森林に隣接する東と南の貧街、東の中層エリアが特に魔物の被害が大きく危険域の赤でマークされている。
そして各エリアに配置されたリソースは、圧倒的にどこも人手不足の状態だった。
「ガウェインさん、三番隊の二名と四番隊の三名を西の市街地から外して、南の貧街へ向かわせましょう」
「伝令、至急通達を頼む」
「次は、北の貧街の一番隊の四名を、東の市街地へ」
「言われた通りに、急ぎ伝達を!」
「後は――」
俺は各地域の状況とリソースを俯瞰しながら、ガウェインにどんどん伝えていく。
ガウェインはそれを受け、騎士団の兵たちに次々に指示を出していった。
幾つかの箇所のリソース配置を可能な限り最適化していくが、どうしても圧倒的に人手が足りていない地区がある。
それが東の貧街だ。
大森林のほぼ真横に位置するこのエリアは、国への魔物襲撃の導線となっており、討伐の手が追いついていない。
フネが俺の隣で、映し出されたその真っ赤に点灯したエリアを睨み、口を開いた。
「ねえ、オサム。ここって……アニカちゃんの家があるところじゃないの?」
彼女の言葉に、俺ははっとする。
確かにそこはギルド職員アニカの居住があったエリアだ。
あの時は迷い込んだだけで、あまり位置も地理も把握できていなかったが、今ならはっきりと分かる。
「アニカちゃんを放っておけないわ。オサム行こう!」
「いや……しかし」
俺はガウェインの顔をちらりと見た。
ここで俺が彼の補佐として、指揮命令を続けることで街の被害は少なからず減らすことができる。
しかし、同時にアニカやマルタの笑顔が脳裏にちらつき、俺は逡巡した。
「ここはもう大丈夫だ。行ってくれ」
そんな俺の胸中を見透かしたかのように、ガウェインが小さく頷き、俺の背を軽く叩く。
俺は少し前のめりながらも、思わず苦笑いをこぼした。
なんともよくできた、指揮官である。
(ピット、遠隔でここのAR画面は表示させたままにして、リアルタイムで最新情報を反映可能か?)
(問題ないです。並行処理を続けます)
「ガウェインさん。ありがとうございます。マップは残しておきますので、活用下さい。情勢は都度更新します」
「ああ、わかった」
フネが俺の手を引く。
俺はその温もりに急かされるように、慌ただしく兵舎を後にしたのだった。
真っ先にアニカの家に向かった俺たち。
目的地まで走り続ける間も、いたるところで襲撃の跡や、逃げ惑う人々、立ち向かう鎧姿の騎士たちとすれ違う。
だがまずは、アニカやマルタの安否確認が先決だ。
ようやくたどり着いた貧街の外れ――
路地の奥まった場所にあったはずのアニカの家。
しかしそれがあった場所は、周囲の住居と共に瓦礫に埋もれて倒壊していた。
もうもうと立ち煙る粉塵が、破壊から時間がそれほど経っていないことを感じさせる。
「アニカ……ちゃん?」
フネがほぼ半壊した扉の前で、呆然と呟いた。
この状態でもし中に人がいたらどうなっているのか、想像に難くない。
俺がピットに建物内をスキャンするように指示を出そうとしたところで、背後から聞き慣れた声がかかる。
「あ、ヨシダさん、フネさん!!」
水色のおさげを揺らしながら、瓦礫を踏んで現れたのはアニカだった。
つい先日会ったばかりなのに、ずいぶん久しぶりな気がするのは、色々なことがあったせいだろう。
フネも同じだったのか、現れたアニカを突然抱きしめる。
「……きゃ」
「よかったよー、アニカちゃん!」
突然の抱擁に一瞬驚いた顔をしたアニカだったが、すぐに表情を和らげるとそのまま身を預けた。
平時ならこのまま再開の喜びを味わわせてあげたいところだが、今はそんな余裕はない。
「フネ、落ち着け。ここに来た目的を忘れるな」
俺は感極まるフネの肩に手をかけると同時に、周囲に視線を向けた。
遠目に街を蹂躙する巨大な魔物数体が、派手な音を立てて暴れている様子がうかがえる。
それも一か所だけじゃない。
軽く見渡しただけで、同時に複数の箇所で破壊行為が行われていた。
「う、うん。ごめん」
アニカを解放して、フネが真剣な顔つきで俺と同様に周囲に視線を向ける。
だが、すぐに飛び出していくような真似はしなかった。
大剣を手にして臨戦態勢は取るが、俺の言葉を待ってくれている。
俺は足元のピットに、エリア内の情勢をスキャンするように指示を送ると、アニカに声をかけた。
「アニカさん。マルタさんや、街の人影が見えないようだが、皆どこに行ったんだ?」
先ほどから魔物の姿や、応戦する騎士団の姿は見えるが、住民たちの姿が一向に見えない。
以前の襲撃で、地に倒れ伏した人々の生々しい記憶が、俺の心臓をちくりと刺激する。
あんな思いはごめんだし、何よりフネに味わわせたくない。
「この地域一帯の人たちは、騎士団の方に誘導され中央に避難済みなんです」
アニカがそんな心配をよそに、答える。
俺はそれを聞いて、わずかにほっとするが、同時に疑問が浮かんだ。
「じゃあ、なぜアニカさんはここに?」
「お二人が、なんとなく来てくれる気がして……」
俺の問いに、アニカがはにかむように笑みを浮かべておさげに指を絡める。
「馬鹿な。そんなことだけで、こんな危険な場所に戻ってくるなんて」
俺は怒るというより、呆れたように言葉を返した。
フネが言い出さなかったら、ここに俺たちが来ることなんてなかったかもしれない。
何よりただの予断で行う行動にしては、メリットがなさすぎる。
「でも、お二人とも来てくれたじゃないですか。ね?」
アニカが俺を見上げて、笑みを深めた。
白い肌にほんのり朱がかかる。
デリメリの話ではないのかもしれない――と思わせる、無垢な表情。
「それに、実はヨシダさんにどうしても耳に入れておきたかったことがあるんです」
彼女は、少しだけ真剣な面持ちになって、声のトーンを落とした。
同時に通りの向こうから、こちらに駆け寄ってくる人の姿が視界に入る。
「『古龍の遺跡』のダンジョン攻略。ギルド内で今朝確認したところ、依頼達成者が『深紅の鷹』で申請されてました。攻略したのはヨシダさんたちなのに。私悔しくて、マスター・モーロックに詰め寄ったんですが……」
「――そうか。やはり、そこが繋がってたのか」
「やはり、って知ってたんですか?」
俺はアニカの言葉に、妙に得心する。
エドワードの口から聞いてはいたが、ギルド側の職員から裏付けされたのなら、三つの線は最初から繋がっていたとみるべきだろう。
「俺たちが提出した、龍鱗はどうなった?」
「それは……」
その時駆け寄ってきた人物が、荒い息で俺たちの前に到着した。
あちこち傷だらけの鎧をまとったその男は、見覚えのある顔だ。
先日ガウェインに呼ばれた会議で、俺に龍の加護について語ってくれた騎士団の隊長の一人。
「お、オサムさんですよね。ガウェイン隊長と一緒にいた」
男は肩で息をしながら、刃の欠けた剣を杖に、今にも倒れ込みそうな様子である。
よく見たら、傷だらけなのは鎧だけではない。全身ひどい怪我だ。
「どうされたんですか?他の方は!?」
「はぁはぁ……。まだ魔物と交戦中です。が、私の部隊も半数以上はやられてしまい。もうこの区画は後がありません」
俺の隣では、フネがすでに駈け出そうとしている。
俺は一瞬アニカを振り返り、すぐに安全な場所へ避難するように伝えると、負傷した騎士団の男に肩を貸した。
「分かりました。俺たちも協力します!」
ピットの解析結果を脳内で確認しながら、俺たちは戦火の中へ足を向ける。
後半戦
ラストまでお付き合い頂けると幸いです。
プロジェクトも終わり際が大変です。




