第二十話 PMは会長の再来に戦慄する
「おお、エドワードか」
王の言葉に、俺の心臓は早鐘を打った。
エドワード、という名前はありふれたものだろうか。
偶然同じ名前を持つ者、という可能性だってある。
「これは宰相殿。今は王との謁見中です。御用なら後にして頂きたく」
ガウェインが少し焦ったように、訪問者に声をかける。
そこでようやく、俺は狭い視界に侵入者の姿を捉えることができた。
褐色の肌と、艶やかな黒髪をオールバックに撫で上げた、精悍な顔つきの男。
以前高級レストランで招待を受け、俺たちを指名手配にした張本人、『深紅の鷹』の団長エドワード。
ガウェインは今、この男を宰相と呼んでいた。
――これまでの違和感が、かちりと音を立てて俺の中で噛み合う。
「謁見時間は過ぎている。それとも、俺がここにいると何かまずいのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
エドワードはずかずかと部屋の中に入ってくると、ガウェインの肩に手を置き、押しのけた。
その際に一瞬、俺に視線を向ける。
「……」
仮面越しに、エドワードの鋭い眼差しと目が合った。
だがすぐに彼は鼻を鳴らして視線を逸らすと、オーウェン王に顔を向ける。
「陛下。こんな得体のしれない者を招き入れて、どういうおつもりかな?」
「ガウェインの協力者だよ。魔物を研究されている方らしい……」
エドワードの苦言に、オーウェン王が歯切れ悪く返した。
「魔物研究ねぇ……。ガウェイン、切羽詰まり過ぎて騙されているんじゃないか?」
続けて今度はガウェインにも、嫌味をぶつける。
本人である俺を目の前に、散々な言いようだ。
「そこまでにしておけ、エドワード。ガウェイン、ルイスさん、報告を続けなさい」
「しかし……」
王がエドワードを片手で制しながら、俺たちに報告の続きを促す。
だがガウェインはエドワードの方を気にして、ちらりと彼に目を向けた。
「ふん。さっさと続きを話せ」
エドワードは面白くなさそうに、手近にあった椅子にどっしりと腰を落とすと、足を組んで顎をくいと動かす。
話を続けろ、という意味だろう。
部屋を出ていくつもりはないらしい。
俺の正体もばれていないようだし、こうなれば毒を食らわば皿までだ。
「では、続きを話しましょう。私の推察では、『古龍の遺跡』内の門に細工をして、龍の加護を妨害した何者かとは、その冒険者団体の者ではないかと考えてます」
俺の言葉に、エドワードが組んでいた足を元に戻す。
「門には元々、五つの魔力循環装置が備え付けられていました」
仮面の奥でエドワードの様子をうかがいながら、俺は言葉を続ける。
同時にピットに表示させていた門を、さらに拡大させた。
門の表層を走る幾何学模様に沿って、透き通るような青い光の奔流が流れている様子が、空中に表示される。
それはまさにあの日ダンジョンの下層で見た、門扉をそのまま忠実に再現させたものだ。
「な、なんだこれは……!?」
エドワードが眼前に突然出力されたAR画面を見て、思わず声を荒げる。
だが、俺はわざと無視して先を進めた。
「このように本来、中に存在していた龍の強大な魔力を、門の表層に走る循環装置で外部――つまりノアール大森林に向けて伝搬させていた。しかしこの機能は、私が調べた時には先ほども言いましたように失われていました。この文様の走る経路を見て下さい」
俺は青い光が流れる一本の道筋を指で示した。
ピットがその仕草を合図に、模様の中腹に存在する一つの循環装置を消去する。するとその部分を流れていた青い光が、紫色に変色した。
「このように、循環装置を外すと機能が損なわれます。装置は外部からの人為的な操作がない限り、通常は外れない」
「ううむ……。なるほど」
王が俺の説明を受けて、低く唸った。
「おい、ガウェイン。これは一体何の話をしているんだ」
「国を襲う魔物の原因調査。それの報告ですよ、宰相殿」
思案に耽るオーウェン王とは対照的に、エドワードは立ち上がってガウェインに詰め寄る。
だが、その動きに王は何も言わなかった。
――重い沈黙が執務室に落ちる。
俺は対立する二人と黙したままの王の視線を横目に、小さく嘆息した。
ロゴスの支配が途絶した理由は、俺が今語った通り。だがまだ分からない点がある。
それは俺たちがダンジョンを攻略した後も、まだ魔物被害が続いているということだ。
「遺跡の攻略を掲げていたのは、確か『深紅の鷹』だったな。エドワードが懇意にしていた冒険者団体だ。何か知っているのか?」
王が重い沈黙を破り、静かに口を開く。
問いの矛先は、無論エドワードだ。
彼はガウェインを突き放すと、少し乱れた黒髪を撫で上げて肩をすくめる。
「王よ。こんな怪しい仮面を被った男の言葉を、真に受けてどうなされる?」
「エドワード。私は純粋に聞いているだけだよ。何が正しいとも思っておらん。ただこの者は、龍の加護を破った者がいるといい、お前はその冒険者団体をよく知る人間だと思ったから聞いただけだ」
淡々と問いかけを繰り返す王に、エドワードは少し気圧されたように後ずさりながら、胸元の金の首飾りを弄った。
だが俺はエドワードの口角が、わずかに上向いているのに気づく。
性悪なたくらみを抱く者の、薄い笑み。
「……知りませんな。私がギルドと『深紅の鷹』から受けた報告は、依頼の完遂報告のみ。彼らが何を行っていたかまで、私の知るところではない」
半歩下がったエドワードだったが、すぐに両手を大仰に広げると困ったように首を振った。
俺はその台詞を聞いて、愕然とする。
この男が語る言葉は、少なくとも俺の知る事実とは異なっていた。
彼は会食の場では自身を会長と名乗っていたし、依頼を達成したのが俺たちであることも知っているはず。
後者については、俺たちの依頼達成がギルドに保留されている内に指名手配がかかったので、後の処理で改ざんされた可能性もあった。
エドワードはそんな俺の心中を見透かしたかのように、ちらりとこちらに目を向けると、すぐに王に向き直り恭しく頭を下げて口を開く。
「だが、分かりました。オーウェン陛下。本件は私に預からせて下さい。直接『深紅の鷹』のメンバーに真相を確認いたしましょう」
「うむ。ではこの件は任せよう」
王はそう告げ、執務机に視線を落とした。
場が終わりに向かう空気になる。
「陛下」
だが、その空気を破るようにガウェインが一歩前に歩み出た。
「恐れながら。先ほどまでの報告は遺跡内の魔力妨害に関するものとなります。もう一つの調査結果については、まだ報告できておりません」
「ほう、まだ何かあるのか?」
王は顔を再び上げると、先を促す。
「はい。調査を進める中、ルイスさんと我々騎士団は森林内の探索範囲で何体かの魔物を討伐しました。普段見ないような高ランクの魔物たちでしたが、彼らの中に一部異常が見つかったのです。ルイスさん、あれをこちらに――」
ガウェインは一度言葉を切ると、俺に視線を送った。
俺はいつもはピットに収納させているが、今日は懐に忍ばせていた例の宝石を取り出しガウェインに手渡す。
彼は受け取ったそれを、静かに王の前の机に置いた。
「これ、は……?」
王がわずかに目を丸くして、置かれた宝石を凝視する。
宝石は薄い灰色をしており艶も光沢もないが、見る者を不安にさせる様相を醸し出していた。
「この宝石が、倒した魔物たちの一部から発見されました。通常、魔物の体内にこのような異物が存在することはありません。ルイスさんの調査だと、これは魔物を強化させるパーツとのことです。そうですよね、ルイスさん?」
「はい。この宝石を解析したところ、一時的に魔物の力を強化――というよりも凶化させる代物でした。本体への負荷が高いので、能力は向上しますが、制御が効かなくなるようなものです」
ガウェインに話を振られ、俺は説明を補足する。
俺たちの報告を受け、王はじっと目の前の宝石を見つめたまま、また黙り込んでしまった。
――再度訪れた室内の沈黙。
俺は以前この宝石を、オサムとして『深紅の鷹』の団長の前でも提示している。
だから何かしら反応を見せると思ったが、ちらりと目線を向けた先のエドワードは、興味なさそうに座り直した椅子の上で腕を組んで俯いていた。
「……バーサーカージュエル」
王が次に発した言葉は、沈黙を破るにはいささか足りない独白に近いもの。
一番身近にいたガウェインが、その呟きに反応した。
「何と仰られましたか、陛下?」
「あ、ああ。この宝石、どこかで見覚えがあると思ってな。古い文献の中で見ただけなので、確信はないが。アステリスク国で数百年前に魔法使いたちの間で流行した、魔力増幅の装置とよく似ている」
王は宝石を摘まみ、目線の高さで見える角度を弄りながら答える。
「だが当時、この装置を用いた魔法使いたちは、皆発狂してしまってな。アステリスク国においては、禁忌扱いになった代物のはずだ」
さらに王は言葉を続けた後、宝石を机の上に戻して大きく溜息を吐いた。
それから俺たちを見渡すと、静かに表情を引き締める。
「この宝石の解析の続きと、出所については、私に任せてくれないかね?宮廷魔法使いたちに調べさせようと思う。二人とも調査報告ご苦労だった。時間も過ぎてしまったので、今日はここまでとしよう」
それがこの場を締める、王の言葉となった。
俺とガウェインは王の執務室を出て、長い廊下に出た。
王への上申としての目的は達成したが、疑惑の相手に知られる結果となってしまった――という思いで、気分は重い。
無言で廊下を歩き始めた俺たちだったが、背後から声がかかる。
「待ちたまえ、ガウェイン」
足を止めたガウェインが振り返った先には、後から部屋を出たエドワードがこちらを見て立っていた。
その顔には薄ら笑いが浮かべられている。
彼は特に近づいてくる様子もなく、少し離れた位置から疑問を口にした。
「何やら色々調べているようだが、それはお前の考えか?」
「……どういう意味ですか、宰相殿?」
質問の意図が図れず、ガウェインは質問を質問で返す。
だが俺にはエドワードが何を聞きたいのか、その真意がはっきりと理解できた。
要はガウェインの背後に、「オサム」という存在がいるのか、否か。
無論、あの宝石――バーサーカージュエルを、エドワードの前で出した段階である程度覚悟はできていた話ではある。
あれはピットの解析があったからこそ、魔物から抽出できたようなものだ。
「いや、何でもない。ただ手遅れにならないといいな、と思ってね」
エドワードは意味深な言葉を述べると、双眸を細めた。
寒気のしそうな、底冷えのする悪意ある表情。
ガウェインがさらに口を開こうとしたところで、廊下中に大声が響き渡った。
「ガウェイン隊長、大変です!ま、街に同時多発的に、魔物の襲撃が!!」
「――!?」
ガウェインの表情に緊張が走る。
廊下の先から鎧姿の男が駆け寄ってくるのを見て、エドワードは俺たちに背を向けた。
「まぁ、頑張りたまえ。オサムくん」
最後に放った小さなエドワードの呟きは、伝令兵の騒々しい足音にかき消されて、俺の耳にしか届かない。
俺はその言葉を聞かなかったことにして、踵を返した。
物語も佳境です。
会話ばかりですいません。
次回からは動きます。動かします笑




