第十九話 PMは偽名でプレゼンする
「ガウェインさん、これ前が見辛いんですが……」
俺は鼻から上が覆われ、口の部分だけが露出した仮面を被らされていた。
これからアステリスク国の王であるオーウェン陛下に謁見するということで、正体隠しのためにと用意されたものである。
「あはは!オサム似合う似合う。なんだか怪しい芸人みたい!」
フネが仮面を装着した俺を見て、大声で笑った。
「すいません、オサムさん。しばらく我慢して下さい。すでにお二人の人相はギルドより出回っているので、素顔のままというわけにはいかないのです」
ガウェインが申し訳なさそうに言う。
薄く口元が笑みを浮かべてるように見えるのは、俺の気のせいということにしておこう。
「とりあえず、俺はガウェインさんに雇われたフリーの魔物研究家という立場でいきましょう」
俺はこの話題を終わらせるため、少しきっぱりと言い放った。
「そうですね。後はオサムさんという呼び方もできないので、名前はそうだな……ルイスという名でお願いします。王に説明をするのは私がメイン。オサム……ルイスさんは説明の補足を促した時だけ、発言お願いします」
ガウェインもそれを受けて真剣な表情に戻って、この後のお互いの動きを認識合わせしていく。
これから国王に俺とガウェインで、ノアール大森林の魔物の異常を調査報告しにいくこと。
ストーリーとしては、街を襲う魔物の異常発生についての上申。
ガウェインは原因を究明するため、外部の協力者として魔物研究家のルイスを雇って調査をさせていた。
生息エリア外で普段見ない魔物の出没。
魔物へ仕組まれていた、外付けの操作の証跡。
また魔物研究家であるルイスは、『古龍の遺跡』を以前捜索した際にも、魔物に同様の痕跡を発見していた。
『古龍の遺跡』は『深紅の鷹』が独占攻略していた案件であることから、何か関連があるのではないかという推察を報告のまとめとする。
「……という段取りでいきましょう」
「そうですね。後は現地で反応をうかがいつつ、臨機応変に対応します」
「ぐーぐー」
俺とガウェインがお互い頷き合っている隣で、すでに寝息をたてているのはもちろんフネだ。
難しい話が続いて、眠たくなったのだろう。
俺は彼女の肩に毛布をかけ、ガウェインを促して静かに部屋を出た。
ここから先は俺の出番だ。
謁見は、王の執務室で行われる手はずとなっていた。
扉の前には一人の衛兵が直立不動で控えている。
ガウェインが衛兵に片手を上げると、彼は小さく会釈をし扉の横に移動した。
「オーウェン陛下が中でお待ちです」
ガウェインは無言で頷くと、扉を開けて中に足を踏み入れる。
俺もその後に続いたが、衛兵が俺の姿を見て一瞬だけ目を大きく見開く様が見えた。
やはり仮面の男はさすがに怪し過ぎたのではないか、と一瞬躊躇が生じるが、ここまできて後戻りはできない。
部屋の中は、想像していたような豪奢な造りではなかった。
実務が優先された整然とした室内には、煌びやかな装飾の類は一切ない。
あるのは、使いこまれた大きな机と、壁一面に広げられた国土の地図だけ。
国政を担う者のリアルが、そこには垣間見える。
「オーウェン陛下、参じました」
「おお、ガウェインか。すまないね、巡回から戻ってきて早々。こんな時間しか、空きが作れなくてな」
部屋の最奥から、少し掠れた声が発せられた。
だがうず高く書類が積まれた机があるだけで、その姿は見えない。
「今手が離せなくてな。こちらで要件を聞こう」
書類の山が再び声を発した。
ガウェインは俺に合図を送ると、部屋の奥へ近づいていく。
俺もそれにならって、仮面で狭まった視界の中ガウェインの背を追った。
「お忙しいところ、お時間頂きありがとうございます陛下」
「よいよい。堅苦しいのは抜きだ」
山積みの書類の向こうにいたのは、齢五十過ぎくらいの男である。
赤茶色のカールのかかった髪と、同じ色の口髭を綺麗に整えた男は、柔和そうな笑みをたたえてガウェインに気さくに話しかけた。
「それで……話していた協力者というのは、この者かね?」
笑顔のまま、男――オーウェン王は、俺の方に視線を向ける。
その眼差しを真正面から受けて、俺は思わず背筋を但し、深々と頭を垂れた。
一国の主が放つ形容しがたい不思議な迫力に、俺は思わず身震いする。
「はい。私の協力者で、魔物の研究を長年されているルイスさんという者です。昨今の魔物被害の原因究明にと、私が独自で調査を依頼しておりました」
「……魔物研究家のルイスと申します」
俺は紹介され、再度頭を下げて名乗った。
仮面の下で冷やりとした汗が頬を伝う。
「私がアステリスクの王、オーウェンだ。君もそう固くならんでよい。時間もないのだ、早速報告を頼む」
オーウェン王は俺から視線をガウェインに戻すと、報告を促した。
「はい。まず最初に前提ですが、こちらはご存じの通りアステリスク国を襲う魔物は、全てノアール大森林からきています」
「うむ」
「なので、ノアール大森林の魔物を調査してもらいました。これが森林内でも浅い範囲――つまり街との境界付近で出没した魔物の種類と場所を書き記したものです」
ガウェインはそう言って、手にした地図を王の前の机に広げる。
以前から騎士団が調査していたものに、俺とフネが調査した結果がそこには記されていた。
オーウェン王は広げられた地図に、すっと目を通すと、柔和だった表情を一瞬曇らせる。
「これは……」
「はい。ご覧の通り、通常人間の探索範囲ではほとんど見ないような高ランクの魔物が散見されます。先日街を襲ったアイアントロールやレイジオーガ。さらにはストームブリンガーといった魔物も、境界付近にまで姿を見せています。これらは古くから森には生息していましたが、龍の加護によって森の深淵からは出てくることはなかった者たちです」
「加護の消失……か」
王は椅子の背もたれに身を沈め、一瞬目を閉じて呻くような呟きを漏らした。
「龍は我々を見捨てたのだろうか?」
オーウェン王の言葉は、質問ではなく独白に近い。
「それは正直分かりません。ただ龍の支配の低下に関して、このルイスさんの調査結果の中に興味深いものがありました。ノアール大森林における聖域『古龍の遺跡』内の魔力妨害についてです。ルイスさん説明いただけますか?」
ガウェインの言葉に、俺は小さく顎を引くと王の前に一歩進み出た。
俺はガウェインを信頼して、これまでの経緯や推察を全て彼と共有している。
後は、この国のトップにどうプレゼンするかだ。
「それでは少し魔法を交えながら、説明いたします」
俺の言葉を合図に、姿を消したピットが王の眼前にARでノアール大森林の全容を表示させた。
もちろん魔法ではなく、ピットの機能の一部だが、理解してもらうための方便だ。
「こ、これは……?」
「視覚補助用の魔法です。これ自体は触れても何も起こらないので、気になさらないで下さい」
俺は安心させるように自身でもAR画面に何度か触れて、透過していることを見せる。
オーウェン王も俺と同じように、恐る恐る表示された大森林に指先を触れさせた。
もちろん、何も起こらない。
「見たことのない魔法だ。これについても詳しく聞きたいが……今ではないな。続けてくれ」
さすがに、切り替えが早い。
分からないものや未知の解明よりも、実を取るのが王という仕事なのかもしれない。
「ご存じの通り『古龍の遺跡』は、ノアール大森林内に存在しています」
表示された大森林の一部の木々をかきわけ、遺跡の外観が表示された。
さらに遺跡の中に分かり易いように、龍の姿のアイコンを映し出す。
「加護とはつまり、この遺跡に棲む龍の魔力支配を意味しているのでしょう」
遺跡内に表示された龍のアイコンから、森全域を覆うように薄く青い矢印が伸びていく。
森に配置された多数の魔物のアイコンが、その矢印を受けると矢印と同じ薄い青色に変色していった。
「この龍の支配により、大森林が隣接するという危険地帯にも関わらず、アステリスク国はこれまで栄えてきました。しかし――」
龍のアイコンから伸びていた青い矢印が、色を失っていき、全て龍のアイコンに吸い込まれていく。
同時に魔物のアイコンは元の色に戻り、好き勝手に森林内を動き始めた。それらの内数体の魔物が、大森林の隣に表示された街に向かう。
「このように、龍の支配が何らかの理由で消失したことで、支配から逃れた魔物が街を襲うようになった。これが今の状態だと、私は考えてます」
「ううむ……。なるほど。だが、なぜ龍の魔力支配が消えたのだ?我々人間を見限ったのか?」
王の疑問に、俺は首を振った。
「いいえ。龍が見限ったのではなく、何者かが龍の魔力支配を歪ませたというのが私の推論です」
「誰がそんなことを……」
初めて動揺を口にする王。
ここから先は、俺も慎重に言葉を選ばないといけない。
「私は調査の一環として、『古龍の遺跡』内も探索しました。遺跡は特定の冒険者が攻略にあたっていたようですが、私は冒険者ではないので、ガウェインさんの許可を得て中を調べました」
ちらりとガウェインの方を見る。
彼は俺の言葉を受けて、大きく頷く仕草を返した。
もちろん、この辺は事前に示し合わせていたシナリオ通りである。
名もなき冒険者が『深紅の鷹』の攻略案件に割って入った話よりかは、騎士団の隊長からの密命を受けて調査した結果の方が信頼度が高いというわけだ。
「遺跡の最深部には、巨大な門がありました」
表示された遺跡部分が拡大され、階層構造になった内部マップを映していく。
そして最深部の部屋の前にある、巨大な幾何学模様で彩られた門扉を王に良く見える角度で出現させた。
「これがその門です。そして私の見立てではこの門こそが龍の魔力を、ノアール大森林全域に届かせるための中継器なのではないかと考えてます」
「ふむ。確かにこの門の表面に描かれている模様は、魔力的な導線のように見えるな」
オーウェン王がAR出力された門の表面を、指でなぞりながら呟く。
「しかし、私が訪れた時にはこの門は、機能を失っているようでした。機能は人為的に壊されていた。何者かが魔力支配を歪めたという私の推論は、この事実があったからです」
実際は門の機能は、俺たちが修復した。
フネが外された循環装置を嵌め込んでいき、門が機能を取り戻したからこそ、認証機能も復活して俺たちはロゴスの部屋へ侵入できたのだ。
だが、その後も魔物の被害は続いている。
「で、何者かとは誰なのだ?」
王の問いかけは口調こそ柔らかいが、その響きには静かな迫力があった。
俺はずれ落ちそうになる仮面を片手で支え、事実だけを述べる。
「そこまでは分かりません。ただこの『古龍の遺跡』というダンジョンは、どこかの冒険者団体が独占攻略していたと聞いてます」
その時、部屋の扉がゆっくりと開かれた。
扉が開かれた際のかすかな擦過音に、俺は後ろを振り返る。
視界が狭いせいで、入ってきた者の姿をすぐに捉えることはできない。
「おお、エドワードか」
口裏合わせ、事前ネゴ、カバーストーリー、この辺って大事ですよね。結果皆を同じ向きに動かすための方便ですから苦笑




