第十八話 PMは二つの世界で難儀する
ノアール大森林――
アステリスク国の創設よりもはるか昔から存在していたらしい、深い緑が生い茂る広大な森。
ガウェインたちと朝の巡回を終えた後、俺たちは用意してもらった馬車に揺られ森の境界へと辿り着いた。
「あれ?ここってロゴちゃんの家があったところ?」
馬車を降り、目の前に広がる緑に目を向けたフネは開口一番疑問を口にする。
俺はその言葉に、同じように森を眺めるが、そもそも最初に『古龍の遺跡』に向かった際は依頼書通りに向かっただけで、フネの言葉の正誤が分からなかった。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、ロゴちゃんの匂いがする」
くんくんと鼻を鳴らし、フネが答える。
そういえば以前もダンジョン内で、魔力の匂いを嗅いでいたことを思い出した。
魔力とは成分的に、匂いが含まれるものなのだろうか。
やはり俺には何も感じることができない。
「とりあえず、やみくもに散策するわけにもいかないから、まずはこの印がついたところを回るか」
「おっけー!やっと、私の華麗な魔法を披露できるってわけね!」
「俺まで吹っ飛ばすなよ……」
俺は地図を取り出して広げながら、先に森に足を踏み入れたフネの背中に声をかける。
彼女は片手をひらひらと振ってそれに応えた。
木々が天を覆い尽くし、まだ昼だというのに森の中は意外なほど暗い。
群生する植物の根っこを避けながら、俺たちはどんどん森の中を分け入っていく。
誰かが踏みならしたであろう道らしきものはあったが、歩くのはかなり困難をきわめた。
「オサム、遅いよー。早く早く」
フネとピットは、そんな歩き辛い道もなんのその。
野生動物のようにするすると道なき道を進んでいく。
いや、一応ピットはカテゴリー的には動物か――
「ま、待ってくれ……」
俺はすでに汗だくになりながら、前を行く一人と一匹を追いかけた。
そんな俺の視界が、唐突に夜のとばりがおりたかのように暗転する。
「……?」
思わず何が起きたか分からず、俺は足を止めた。
「オサムっ!」
フネの鋭い声が間近に聞こえたのと、耳をつんざくような金属音が鳴り響いたのは、ほぼ同時。
俺が音に反応して顔を上げると、巨大な鳥が頭上で羽ばたいている姿が見えた。
その巨鳥は足先の鋭い爪を、俺に向けて伸ばしている。
厚みのある爪の先は、赤黒く濡れていて、不気味な輝きを放っていた。
「ぼっとしないで、逃げて!」
爪を大剣で受け止めたフネが、俺の身体を突き飛ばす。
彼女は自分の十倍以上はありそうな質量を、片手だけで空に押し戻すと、キッと空を睨んだ。
「ピット、解析!」
「識別個体:ストームブリンガー。ノアール大森林の奥地に生息しており、巨大な爪による攻撃と風魔法が攻撃手段です。弱点表示します」
俺の指示に、ピットがフネにも届くように音量を上げて分析結果を伝える。
それと同時に、巨鳥――ストームブリンガーの両翼の根本に、いつもの赤い矢印が出現した。
「届くわけないでしょ!」
フネが表示された矢印に向かって、鋭い突っ込みを入れる。
はるか頭上で羽ばたきながら、空中でホバリングするストームブリンガーは、まるで意思を持つかのように猛禽類の双眸を歪めた。
笑っているように見えたのは、フネの突っ込みに対してではないだろう。
「強い魔力を検知。上空から攻撃反応」
ピットの毛がピンと逆立ち、激しく瞳が明滅した。
その警告を受けて俺が身構えた次の瞬間、周囲の空気が一変する。
最初はふわっとした一瞬の浮遊感。続いて鼓膜を突き破るような轟音が、森の中に響き渡った。
これは――嵐だ。
「――!」
俺は声も出せずに空中に投げ出され、あっという間に森の木々が眼下で豆粒になるほど高い位置に舞い上がる。
死を容易に予感する高さだ。
空の上では抗うことすらできない。
俺は昨夜読んでいた部下の報告資料の内容を、なぜかこのタイミングで思い出しながら地面に向けて落下していく。
「ナイスキャッチ!」
地面と衝突する寸前、俺の身体は柔らかい何かに受け止められた。
「意外に軽いのね、オサムって」
フネが俺の顔をのぞきこみながら、笑顔を見せる。
お姫様抱っこをされるのは、初めての経験だった。
彼女はどうやら、この暴風の中でもしっかりと大地を踏みしめ、俺の落下を待ち構えてくれていたようだ。
「ありがとう。助かったよ」
俺はまだ早鐘を打つ心臓の鼓動を感じながらも、礼を言って彼女の腕の中から降りる。
気付くと周囲の風切り音は、全く聞こえなくなっていた。
「ううん。咄嗟だったから、オサムにまでシールドが間に合わなかったの。でも、どうやってあいつ攻撃しようかな……」
空を見上げるフネ。
周囲の木々は相変わらず、左に右に幹を揺らしている。
どうやら魔法のシールドで、ストームブリンガーの風を遮断しているようだった。
「魔法で攻撃できないのか?」
「ううん……。あそこまで遠いと、距離的に届かないのよね」
フネが大剣の切っ先を、空の先で悠然と漂う魔物に向ける。
「――そうだな……。爆発させる魔法の威力って、ある程度強弱つけられるか?」
俺はある考えを思いつき、フネに聞いた。
「うん。できるよ。ええーい!ってやれば強くなるし、えい!って感じだと弱めたりできる」
表現が抽象的過ぎて分からないが、どうやら可能なようである。
俺は自分の考えをフネに説明すると、彼女はおもしろそうな顔で大きく頷いた。
「これは加減が大事だからな。ピット、フネの魔力出力量を分析して、ちょうどあの魔物の背後を取れるくらいのところで合図を頼む」
俺が指示を出すと、ピットは小さな手を挙げて承諾の合図をする。
前々から思っていたが、この自立型AI――だんだん挙動が人間じみてきたな。
「フネは魔法を放ったら、シールドを自分だけ包むようにするんだ」
「オサムは飛ばされないように、しっかり岩陰にしがみついておくのよ」
俺の言葉に、フネが逆に心配そうに言葉を返した。
目に映る周囲の木々は揺れを激しくし、もはや幹ごと折れそうな勢いである。
こちらに攻撃が届かないことへの、魔物のいら立ちが伝わってくるようだ。
「フネ様、魔力測定準備完了です」
ピットの声で、フネは俺に岩にしがみつくように目で伝える。
俺は手近の巨大な岩に身を寄せ、しっかりと両手でそれを抱えて、フネに頷いて見せた。
「いくわよ」
フネの短い呟きと同時に、またあの轟音が舞い戻ってきた。
一瞬でも気を抜けば吹き飛ばされそうな、凄まじい風の奔流。
岩を掴む手先の指が悲鳴を上げる。
「魔力量の出力規定値です」
ピットがフネに告げた。
同時にフネが両の手のひらを地面に向けて、「えい」と間の抜けたかけ声を出す。
凄まじい爆発音と粉塵が巻き起こり、俺の視界は土煙で閉ざされた。
「てりゃあああああああ!!!!」
フネの声が聞こえたのは、はるか空の彼方。
俺が顔を上げると、ストームブリンガーのさらに上空まで飛び上がった彼女が、大剣を振り下ろす姿が見えた。
爆発魔法を推進力にして、魔物の背後まで飛び上がる作戦はどうやら成功したようである。
『ギャアアアアアアア!』
振り下ろした大剣が、赤い矢印に吸い込まれ、巨鳥の両翼に深々と突きささった。
魔物の絶叫が天空にこだまする。
一人と一匹は、そのままもつれるように地面に落ちてきた。
ドガァアアアアン!
先ほどの爆発音よりもさらに派手な破砕音が、周囲の空気を震わす。
「フネ!」
俺は彼女の安否をたしかめるため、砂埃舞う震源地に駆け寄った。
「来ちゃダメ!」
だが、彼女の厳しい声で足が止まる。
目を凝らすと、立って大剣を構えるフネの姿と、その先で山のように佇むストームブリンガーの姿があった。
弱点を確実に捉えたように見えたが、魔物はまだ依然健在のようだ。
低いうなり声は、明らかに怒気をはらんでいる。
「ちょっとピット!どうなってるのよ!」
フネが声を荒げた。
「解析完了。ストームブリンガーに、『古龍の遺跡』内の魔物と同じく、別の魔力源を感知。オーバークロックによる強化が施術されてます」
ピットがフネの足元で応えると、魔物の頭部にARで新たな矢印が表示される。
宝石による魔物の強化――
『深紅の鷹』が施していた処置の跡が、ダンジョンの外の魔物にまであるのはどういうことだろうか。
あれは単純に利権を独占するために、ダンジョン内だけで行われていた行為だと思っていた。
「くっそー。また、あの厄介なやつなの?いい加減にしてよね!」
『グォオオオオオオ!』
ストームブリンガーはさすがに両翼を傷つけられ空に飛びたてないようだったが、それでも咆哮を上げるとフネに猛然と鋭い爪で襲いかかる。
彼女はその攻撃を大剣で受け流すと、その勢いのまま魔物の頭の位置まで飛び上がった。
「今度こそ……終わりよ!」
表示された矢印をなぞるように、一刀両断で縦に剣を振り抜き、フネは地面に着地する。
一拍置いて、ストームブリンガーは断末魔の悲鳴を上げることなく崩れ落ちた。
俺たちはノアール大森林の散策と調査を続けた。
印のついた場所以外でも、ピットの解析で普段は滅多に遭遇しないはずの魔物や、強化された魔物と何度か遭遇する。
俺はその度に、地図に新たな印をつけ、魔物の名称を書き込んでいった。
「また出てきたよー」
フネが何度目かの魔物を倒した後、俺に例の宝石を投げてよこす。
俺はそれを受け取ると、ピットに保管を指示した。
「オサム様、そろそろベンダーからの調査報告会議の時間です」
ピットが宝石を回収しながら、俺に告げる。
「フネ。そろそろ休憩にしよう。俺はこれから会議の時間だ」
俺はそれを受けて、前を行くフネに声をかけた。
手近にあった巨大な大木の根っこに二人で腰を下ろし、フネはガウェインに持たされたパンをかじり、俺はヘッドホンを耳にあてる。
端から見ればおかしな光景だろう。
だが、俺にとってはすでに日常になりつつあった。
中空に表示されるリモート会議の画面には、すでにベンダーの面々と部下が俺の入室を待ち構えていた。
「申し訳ございません。お待たせしました。それでは会議を始めましょう――」
俺の発言を皮切りに、司会役の部下が会議を進行させる。
会議の内容は俺にとっては残念なものだった。
解析用に送付したログからは不具合に繋がるものは見つからず、調査はふりだしに戻された。
ベンダーは本社の開発部隊へもエスカレーションを上げることと、こちら側は顧客が保有している検証環境でもう一度再現試験を進めることで合意し閉会する。
こちらの世界も、あちらの世界も、不具合の原因がはっきりとは見えてこない。
だが一歩ずつでも前に進むしかない。
プロマネというのは、根気も大事なのだ。
「ふう……」
俺は一息つき、ヘッドホンを外す。
ふと隣を見ると、フネが真剣な顔で空を見上げていた。
「どうした、フネ?」
俺が問いかけるも、彼女の眼差しは空の彼方を見すえたままだ。
つられて俺も同じ空を見上げるが、青空が広がるだけで何も異常は見えない。
だがその時、かすかに風に乗って何かの鳴き声が聞こえてきた。
「ロゴちゃんが……啼いてる」
フネの誰に向けたものでもない、小さな呟き。
そこには不穏な予感を感じさせる、剣呑な響きが含まれていた。
調査って仮説→裏取り→仮説の穴に気付く→新たな仮説の積み重ねに陥りやすいです。
まぁ、簡単にはいかないってことで笑




