第十六話 PMは相棒を思う
瓦礫の山と、倒れ伏し折り重なる人だったもの。
舞い散る粉塵と鉄の匂いが、目の前に広がっている。
俺は思わず立ちすくみ、その光景に呆然とした。
繁忙期にオフィスの床でぶっ倒れてる人間とはわけが違う。
倒れた人間から染み出したであろう血液が、地面を黒く塗り潰しているのを見て、俺はさすがに戸惑いが隠せなかった。
『ゴァアアアアアア!』
遠くで耳をつんざく獣の咆哮が鳴り響く。
ダンジョン内ではフネがほぼ無傷で魔物を倒してきたが――確かにこれはれっきとした脅威だ。
「オサム、ぼっとしてないで行くわよ!」
背後から声がかかると同時に、フネが鳴き声のした方向に駆けだす。
ガウェインも剣を抜くと、一瞬だけ辺りを見回し、その後を追った。
俺は二人に置いていかれ、慌ててもつれそうな足を前に動かしながら、ピットに素早く指示を出す。
「ピット、すぐに魔物の種別、数、弱点を分析頼む!」
「了解しました」
俺と並走しながらピットは毛を逆立てて、目を光らせた。
初動対応のわずかな遅れが、被害の拡大に繋がるなんてことは嫌というほど味わってきた。
俺がいることで少しでも事態が好転するなら、動かない理由なんてない。
今は役に立つ立たないを考える時間ではなかった。
「これは……やばいな」
二人に追いついた俺は、先とは違い現在進行形で繰り広げられる光景に、言葉にならない呟きを漏らす。
巨大な体躯の魔物が数体、街の建物を破壊し、逃げまどう人々を襲っていた。
ガウェインと同じ鎧姿の者たちが、魔物一体に対して数人がかりで応戦しているが、どう見ても劣勢だ。
「ピット!」
「識別個体:アイアントロール複数。レイジオーガも混じっています。各々の特徴は……」
「詳細は今は要らない。まずは……リソースの割り当てが先決だ」
先をいっていた二人はすでに、手近の苦戦している戦闘に身を投じていた。
フネが剣で魔物の攻撃をあしらいながら、首だけを振り返って叫ぶ。
「遅いわよ!敵が多過ぎて、どっから手をつけていいかわからないじゃない!」
「すまん。まずは……」
俺は状況を把握するように、さっと周囲を見渡した。
「数は見える範囲で五体か。人命への脅威を優先度付けして、各魔物単位で弱点の可視化を並行して出してくれ」
「了解」
ピットの返答と同時に、暴れる魔物の頭上にARで「高」「中」「低」の表示が出現する。さらに禿頭の魔物には巨大な目、角が生えた魔物には骨盤辺りに赤い矢印が表示された。
「フネ。そこはガウェインさんに任せて、高と出てる右手の魔物に向かってくれ!弱点は――」
「赤いところね!わかった!」
彼女はぽんとガウェインの肩を叩くと、俺の合図に身をひるがえして優先度「高」の魔物に肉薄する。
禿頭の魔物は、今まさに巨大な腕を振るい、怯えて立ち尽くす少女を圧し潰そうとしていた。
フネが少女の前に瞬時に姿を現すのと、魔物の丸太のような腕が、肘で分断され宙を舞うのはほぼ同時。
ズゥンンンンン!
切り離された腕が地面に重い音を立てて落ちる。
噴き出した魔物の赤い雨からかばうように、フネは少女を背に魔物と対峙した。
「さて、美少女フネの無双劇といきますか」
軽口を叩きつつ、フネは背中の少女になにごとか呟く。
少女ははっと顔を上げると、ぺこりと頭を下げて走り去っていった。
俺はその様子を見て胸を撫で下ろすと、続けて交戦中の騎士団へ声を張り上げる。
「ガウェインさん、もう一人連れて左奥のレイジオーガに!残った方は、そのまま赤い矢印に向けて攻撃をしかけて下さい!」
さすがに高中低なんて漢字は読めないだろうから、俺は方角で指示を出した。
ガウェインは俺の言葉に即座に従ってくれ、手早く他の騎士たちに声をかけて自身も動き出す。
魔物を掃討し終える頃には、すっかり日が傾き始めていた。
ずっと声を張り上げ続けたせいで、喉がひどく痛む上に頭痛もする。
ピットがslackの未読メッセージがたまっていることを告げてくるが、とてもすぐに読む気にはなれなかった。
「なんとか片付いたな……。二人ともよくやってくれた」
ガウェインが剣を鞘におさめながら、疲れた笑みを浮かべて声をかけてくる。
視界の先では、戦いを終えた騎士たちが、始末した魔物や瓦礫の山を運び出していた。
その動きは手慣れていて、こういったことが日常と化していることがうかがえる。
「ねえ。みんな助かったの?」
フネの声はいつになく低い。
彼女の視線の先は、地面に倒れた人々に向けられていた。
騎士たちは倒れている人たちを一か所に集めた後は、誰もそこに近付いていない。
――もう処理が終わったと言わんばかりだ。
「いや……」
ガウェインが首を小さく横に振る。
だがすぐにフネの両肩に手を置くと、言葉を続けた。
「だが、君たちのお陰で助かった者も多い。ここら辺は中央から離れているから、巡回はいつも限られている。普段の体制だったら、最悪区画ごと魔物に壊滅させられていてもおかしくなかった」
「ん……」
彼の言葉に、フネはほんのわずかだけ瞳を伏せて頷く。
俺はその彼女の仕草を見て、胸の奥がちくりと痛んだ。
ぶつけようのない――ぶつけどころのない怒りの感情。俺は制御できないその感情の正体が掴めず、振り払うように口を開く。
「人手が足りていないことは、十分理解できました。ちなみに、先ほど中央から離れているのが原因と言いましたが、中央は体制が十分ということでしょうか?」
「騎士団の巡回は同じ体制だよ。だが、中央区は『深紅の鷹』の凄腕の冒険者たちが警備にあたっている。魔物どころか、虫一匹入り込めない厳重な体制を敷いてね」
俺はガウェインの言葉を聞いて、ある推論を思いつく。
だが、これもまだ疑惑の段階の話だ。
「なんで中央だけなの?」
フネが肩に手を置かれたまま、ガウェインの顔を見上げて首を傾げる。
その顔は心なしか怒気をはらんでいるように見えた。
「そりゃあ……もちろん、貴族や大商人が住まう場所だからね。彼らの中には『深紅の鷹』に出資している者も多い。私もそこまで事情に詳しいわけではないが、つまり対価を払って守護してもらっているということなんだろう」
「ふうん」
フネの返答は素っ気ない。
「……とりあえず、ここは残った騎士団の者が対処する。君たちも疲れたろう。宿舎に戻って飯にしよう!」
ガウェインはそんなフネの態度に、少し焦ったように話題を変えた。
ご飯、という単語を聞いて、フネの顔にようやく笑顔が戻る。
「やったー!わたしもう、お腹ぺこぺこのぺこよ!」
さっきまでの態度が嘘のように彼女ははしゃぐと、ガウェインの手を振り払い走り出した。
だが俺の横を通り過ぎた時に、一瞬見えた横顔は真剣な表情そのもの。
思わず声をかけようと手を伸ばしたが、その姿はすぐに通りの向こうに小さくなっていった。
俺たちに割り当てられた部屋は、兵舎に隣接する騎士団の宿舎の中の一室だった。
元々拠点にしていた宿よりもさらに狭い上に、この部屋も物で溢れ返っている。
食事を終えたフネは、部屋に入るなり備え付けの固いベッドの上に転がった。
「お腹いっぱーい」
そう言いながらうつ伏せになる様は、すっかりいつものフネである。
俺はなぜか少し安堵して、小さな椅子に腰を下ろした。机があるのはありがたい。
「オサム、どうせまた意味のない仕事するんでしょ?」
机の上でARを表示させ、早速部下からの報告資料に目を通し始めた俺に、ベッドの上からフネの声がかかる。
「意味はある。あっちも大変な状況なんだよ」
俺は返事だけ返しながら、目は資料を追っていた。
前回部長に依頼されたシステム不具合は、まだ復旧に至っていない。調査状況もベンダーから回答が遅く、難航していた。
「まぁ、いいんだけどさ。仕事しながら聞いてよ」
「ああ」
「今日の魔物たち、すごく手こずったでしょ?この天才美少女剣士の私ですら、なかなか骨が折れたわけよ」
俺は資料を斜め読みしている目を一瞬止めた。
フネが何を言いたいのか、その意図が気になったからだ。
「……まあ、大きい魔物だったからな」
つい当たり前の事実を口にして、彼女の反応を待つ。
「そうそう、そこなのよ!」
「……っ!」
突然視界いっぱいにフネの顔が現れ、俺は思わずのけぞった。
どうやらベッドに寝転がったまま、首だけ俺の方に伸ばしてきたらしい。器用な奴だ。
「そこって、どこだよ?」
「でっかい、てところよ。あんだけおっきいと、剣だけで倒すのは大変なわけ」
「それは……そうだろうな」
俺が納得するのを見て、フネはにんまりと微笑んだ。
我が意を得たり、というような得意気な表情。
「でしょ?知ってると思うけど、私は天才剣士でありながら、天才魔法使いでもあるのよ。だから――」
「魔法はだめだぞ」
先回りして放った俺の言葉に、彼女は驚愕する。続けてすぐに、頬を膨らませて不満な顔を見せた。
ころころと忙しい上に、年齢的にその仕草はきついだろと胸中で突っ込まざるを得ない。
「どうしてよ!」
「だってフネの攻撃魔法って、爆発するやつしかないじゃないか。あんなもん街中で放てば、魔物の被害より大きくなるだろ」
そうなのだ。最近になって気付いたが、フネが使える魔法はロゴスの火炎ブレスを防いだシールドと、広範囲を爆発させる魔法の二種類しかない。確かに威力は凄まじいが、とても市街地や狭いダンジョンで使える代物ではなかった。
今回もガウェインと一緒に現場に向かう最中、フネには魔法は使わないようにと伝えている。
それがどうやら彼女には不服だったようだ。
「他にも局所的に使える魔法があるなら、話は別だがな」
「うー……」
フネは俺の言葉に言い返せずに、唸り声だけ漏らす。
だが彼女なりに色々思うところがあっての提案なのだろう。
「まぁ、そう腐るな。フネなら剣だけでも十分戦える。俺の反応や指示が遅かった部分もあるし、一緒にもっと上手くやれるようにしていけばいい」
だから俺は苦手な笑みを無理に作って、彼女に声をかけた。
フネは一瞬きょとんとして、それからすっと目尻を下げる。
――今日一番の笑顔。
「……うん。ありがと」
フネは短くそう言うと、首を引っ込めベッドに戻った。
明日は朝からガウェインに会議に呼ばれている。
トラブル対応もまだ残っている。
それでも俺はなんだか少し報われた気がして、気分が前向きになるのを感じるのだった。
メンバーの気持ちを考えられないPMはPM失格です。って言い聞かせてます笑




