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第十五話 PMは炎上案件に参入する

街中から眺めることはあったが、いざ城というものを前にすると少し背筋が伸びるような緊張が走る。

観光とかで見たものとは違い、現在進行形で機能しているそれは、どこか要塞のような物々しさがあった。

巨大な城門は閉ざされ、ガウェインと同様の鎧姿の男たちが、門の前で居並んでいる。


「おっきいわねー。このまま入っていけばいいのかな?」


フネが少し遠目に見えた正門を指差し、口を開いた。


「……この資料のスライド5と6だが、エビデンスが不足しているので、昨日検証機で取得した該当のログとメッセージを挿入しておいて欲しい」

「え?エビ?お腹空いたの?」


俺の言葉にフネが目を丸くして、振り返る。

猫のような黒い眼をクリクリと動かし、片方の黒髪をおさげにしたフネ。今朝アニカに髪を結ってもらっていたが、髪型一つでずいぶん印象が変わる。

俺は一瞬見とれてしまったが、すぐに会議アプリのミュートボタンを押して言葉を返した。


「急ぎの会議中だ。腹は減っていない。ちなみにガウェインの言伝を忘れたか?正門からは入れないぞ」

「私はお腹空いたけど……」


(ピット、ガウェインの教えてくれた裏門までの案内を頼む。俺は会議で忙しい)

(了解です)

俺の指示に反応して、ピットが肩から飛び降りる。

そのまま小さな体躯を走らせ、フネの前まで素早く移動した。


「裏門から入る。ピットについていこう」

「はーい」


フネは俺の提案に素直に返事をし、小さな歩幅で道を歩き出したピットの後をついていく。

その後ろ姿を見送りながら、俺はミュートボタンを再び押した。


「ああ。顧客向けの報告書はそれでいい。後で修正版をもう一度送付しておいてくれ。後は調査ログだが、ベンダーへ送付する際は、秘匿情報はマスクしておくことを忘れないように。それから……」


会議内でさらに部下に二三の指示出しと、それぞれ期限を切った後、俺はリモート会議を閉じた。

先をいくピットとフネを追いかけながら、俺は軽く一息つく。

さすがに昨夜から両方の世界で事件が立て続き、疲労がたまっていた。

――が、この程度のデスマーチは何度も経験済みである。

全体のスケジュール管理も大事だが、目の前の一つ一つのタスクをこなすのも同じくらい大事だ。


「それにしても、足が速いな……俺も少し鍛えるか」


俺は小さく呟きを漏らしながら、遠ざかった一匹と一人を小走りで追いかける。




夜が明けた後、ガウェインの遣わした伝令がアニカの家を訪れた。

内容は、俺とフネに正午頃にアステリスク城に来て欲しいという短いもの。

伝令の者が言うには、何か頼みごとがあるらしい。

断る理由もないし、何より指名手配をかけられたまま手をこまねいているのは、悪手に思えた。


「ここが裏門だな。確かこの辺に……」


目的地に着いた俺は、閉ざされた門扉の周辺の壁を見渡した。

幸い裏門は正門からかなり離れた位置にあり、辺りに人の気配はない。


「オサム、これじゃない?」


フネが俺と門を挟んで反対側で、声を上げた。

彼女が指さす方に目を向けると、城壁の一部に手のひらサイズの小窓がはめ込まれるように設えられている。

伝令の言伝通りだ。

俺はフネに目で合図を送ると、彼女は小窓を小さく二度ノックする。


「……」


応答はない。

だが、しばしの間をおいて、裏門が内側からギイときしむ音を鳴らしてゆっくりと開いた。


「入ってください」


中から短い男の声がかかる。


「うふふ。なんだかスパイになった気分」


フネが口に手を当てながら、泥棒のような足取りで中に入っていった。


「遊びじゃないんだがな」


呆れたように呟きを漏らし、俺もその後に続く。

中は石畳の少し開けた空間になっており、馬のいななきや、鉄を打つような金属音が鳴り響いていた。

目に見える範囲では複数の人間が歩いており、鎧姿の者だけではなく、普段着の者もいる。

生活エリアのようなものだろうか。

門を開けてくれた男は俺たちに軽く会釈をすると、すぐに扉を閉めた。


「こちらです」


言葉短めに、案内役の男は俺たちの前を先導して歩き出す。

石畳の道をこつこつと音を立てながら、俺たちはしばらく歩き続けた。


「お城の中って、まるで小さな街が入ってるみたい」


フネが物珍しそうに、首を左に右に動かして、観光しているような口ぶりで口を開く。

いつの間にか彼女の肩に鎮座していたピットも、つられるように首を左右に振っていた。

そんな二人の様子を気にするでもなく、男は無言で歩き続け、広場を抜けた先の少し奥まった場所で足を止める。


「この中で、ガウェイン隊長がお待ちです」


現れたのは、長屋のような長方形の建物だった。

男は小さく頭を下げ、建物の扉を開けて中に入るように合図する。


「ありがとう」


俺も頭を下げ、礼を言いながら中へと入った。




「おお。来てくれたか、二人とも」


何か仕事をしていたのだろう。

ガウェインは机から顔を上げ、部屋に入ってきた俺たちに声をかけた。

俺はそれに片手を上げて応えつつ、室内をざっと見渡す。

机の上の、山のように積み上げられた書類。

壁中に貼られた、おそらくはアステリスク国や、周辺の地図の数々。

地図につけられた無数の×印は、魔物の出現位置でも表しているのだろうか。

さらには床の上のいたるところに、装具の類がむき出しで転がっている。

――この光景は、炎上案件末期のオフィスのフロアを俺に思い起こさせた。


「お忙しそうですね」


俺は感慨深いものを感じながらも、短く感想を述べる。

ガウェインの顔を見ると、昨日よりも髭が伸び、瞳も若干血走っているようだ。


「見ての通りだよ。汚い場所で申し訳ないが、片付ける時間がなくてね」

「気にしないで下さい」


俺の言葉に、ガウェインは苦い笑みを浮かべる。


「それより、頼みごととは?」

「ああ。そうだったそうだった。とりあえず、二人ともそんなところで突っ立ってないで、まずは座ってくれ」


ガウェインは奥の机から席を立つと、こちらに近付きながら部屋の中央の長テーブルに俺たちを誘った。

俺とフネは床の散乱物を避けながら、ガウェインと向き合うように椅子に腰を下ろす。

長机の上も、先ほどまでガウェインが座っていた机と同様、物であふれ返っていた。


「限度ってものがあるでしょ……」


フネが散らかっている中から、赤いものが付着した短剣を摘まんで小さく呟く。

ピットがそれに興味を示すように、彼女の手元でくんくんと鼻を鳴らす仕草をした。


「他に気が回らないくらい、リソースが足りてないんだろう」


俺は彼女の呟きに、同じく小声で返す。

タスク過多に人手不足は、いつも現場の悩みの種だ。同病相憐れむってやつで、俺はとても非難する気にはなれなかった。


「こんな場所まで来てもらって悪かった。とはいえ、さすがに街中で会うわけにもいかないと思ってね」


ガウェインは対面に腰を下ろし、一言詫びてからさらに言葉を続ける。


「頼みごとというのは君たちを冒険者と見込んで、一つ依頼をさせて欲しいってことだ」

「俺たちへ依頼……ですか?」


暗に指名手配の俺たちに、という意を込めて言葉を返した。


「そうだ。だが君たちの今の立場もあるので、ギルドを通しての依頼じゃない。これは私個人の依頼ということになる」

「なるほど。分かりました」


彼の言葉を聞いて、俺は納得する。

それはそうだ。ギルドを通して公然と俺たちに依頼をできるわけがない。


「この前も言ったが、街中での魔物被害がひどくてな。巡回の隊を増やして対応しているが、間に合っていないのが現状だ。そこで、君たちの力を借りたい」

「魔物退治?やるやる!」


会話が始まると同時にピットと遊び始めたフネが、魔物の言葉に反応して顔を上げた。


「……決断が早くて助かる」


ガウェインが目をきらきらと輝かせるフネを見て、一瞬面くらった顔をしたが、すぐに安堵したように頷く。

勝手に承諾したことになってしまったが、俺としては元々どんな頼みごとであろうと、むげにするつもりはなかった。後は確認事項だ。


「俺たちも隊に加わるということですか?」

「そのつもりだ」

「拠点はどうすればいいですか?俺たちは元々街の宿をとっていましたが、現在どこも門前払いの状態です」

「ここを拠点にしてくれればいい。報酬の一環と言ってはなんだが、衣食住はこちらで提供する」


申し出は今の俺たちにありがたいものだった。

正直インフラが使えないのはかなりの痛手だと思っていたし、最悪アステリスクを離れることも考えの中にあったからだ。


「後は鷹の件だが……」


ガウェインが言葉を続けようとしたその時、大きな音を立てて俺たちが入ってきた扉が開かれる。

中に転がるように入ってきたのは、大柄な男だった。


「ガウェイン隊長!南の市街地に大型の魔物の群れが侵入。二番隊の連中が応戦していましたが、壊滅との知らせが!」

「……っ!すまない、二人とも早速一緒に来てくれ!」


ガウェインが立ち上がり、俺たちを促す。

出番を得たりと、フネも小さく口角を上げて立ち上がった。

こうして俺たちの最初の任務は、唐突に始まりを告げたのだった。

炎上案件の火消し役というのは、この業界では重宝されます。ただ一番しんどい部分だけを請け負うので、並の精神じゃやっていけないよねーと思ってます笑

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