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夢図書館  作者: パン田
18/19

悪戯

長い一日がようやく終わり、夜が訪れた。不安と焦燥に駆られながら、俺は栞を枕の下に敷き、ベッドに横になった。


意識が浮上すると、そこは見慣れた夢図書館だった。いつもの静寂に包まれた空間。俺は急いで司書のカウンターへ向かう。そこで俺が目にしたものは、想像を絶する光景だった。


カウンターには二人の人物がいた。一人は見慣れた黒服の男性司書、そしてもう一人は——


「美咲!?」


カウンターの隣に座っていたのは、紛れもない俺の妹、美咲だった。彼女は黒い司書の制服を身につけ、少し緊張した表情で座っている。


「悠馬さん、いらっしゃいませ」


黒服の司書が俺に向かって穏やかに微笑んだ。


「現在私が美咲さんの教育係として指導させていただいております」


「お兄ちゃん……?どうしてここにいるの?」


美咲は俺の顔を見ると、少し驚いたような顔をした。その表情は、夢図書館の不思議な空間にいることを自然に受け入れているようだった。


「美咲、どうしてここに!?お前が司書になったのか!?」


俺の声は動揺で震えていた。俺が意図的に延滞しようと思ったから、違う形のペナルティが発動してしまったのだろうか?


黒服の司書が静かに口を開いた。


「悠馬さん、落ち着いてください。状況をご説明いたします」


司書は美咲の肩に優しく手を置いてから続けた。


「美咲さんは昨夜、あなたのお部屋から月原さくらの本を持ち出し、その内容に手を加えました。これは夢図書館の規則に抵触する行為でしたので、ペナルティとして2週間の司書業務を命じられたのです」


「でも、なんで美咲が俺の部屋の本を……?」


「それについては、美咲さんから説明してもらいましょう」


司書の表情が少し和らいだ。


美咲が小さく頷いた。


「昨日、私お兄ちゃんの机の上にアイス置いたでしょ?そのいたずらの反応がなかったから、気になってお兄ちゃんの部屋に入ったの。そしたら、分厚い本が置いてあって、いつもの仕返しでいたずら心で落書きしちゃったんだ」


いつもの仕返しって、まずはお前から仕掛けてくるんだろ、とは思ったが、口には出さなかった。


「落書き……?何の、どの本にだ!?」


俺は胸騒ぎを覚えた。黒服の司書が、カウンターの奥から一冊の本を取り出した。それは、紛れもなく、俺が机の上に置いてきたはずの**月原さくらの本**だった。


藍色の表紙は変わらないが、どこか以前とは違う雰囲気を醸し出していた。


司書が穏やかな口調で説明を続けた。


「夢図書館の本に勝手に手を加えることは規則違反です。そのため、彼女はここで2週間の労働を行うことになりました。ご覧ください、悠馬さん」


司書が指差すページには、確かに「死ぬ」の文字の上に、美咲の字で「な」が書き加えられ、「死なぬ」と読めるようになっていた。丸い文字が、運命を変える魔法のように見えた。


さらに驚くことに、その次の行が増えていた。昨日見たときは空白だったページに、3月22日からの出来事が詳細に書かれている。


月原さくらがリハビリをして退院して、社会復帰していく場面、友達と笑い合う場面。月原さくらが元気に過ごす未来が、確かに綴られていた。


「私もこんなことは初めてで、思わず笑ってしまいました」


司書はほほ笑んでいる。


俺は、その瞬間、言葉を失った。美咲の純粋な、そして無邪気な「落書き」が、月原さくらの死の運命を書き換えたというのか?


「そ、そんなあっさりと……!?」


呆れて、そして同時に、込み上げてくる喜びで、俺は膝から崩れ落ち、笑い出した。こんなにも単純な方法で、月原さくらの死が回避されたというのか。俺が必死に考えた複雑な計画も、陽平との作戦も、すべてが無意味だった。美咲のたった一文字の追加が、図書館のルールを凌駕したのだ。


黒服の司書が温かい笑顔を浮かべた。


「悠馬さん、あなたの月原さくらさんを救いたいという強い気持ちも、この奇跡を後押ししたのかもしれません。美咲さんのいたずら心と、あなたの強い願い。それらが偶然重なって、運命を変えたのかもしれませんね」


俺は言葉を失った。相当間抜けな顔をしていたに違いない。


「私も、このような素晴らしい出来事を目撃できて幸運でした」


司書が言った。


「美咲さんには、残りの期間、図書館の仕事を通じて多くのことを学んでもらいます。そして、2週間後には元気に現実世界に戻れるでしょう」


俺は改めて、月原さくらの本を見る。そこには彼女の未来がびっしりと書かれていた。


「美咲……ありがとう……!」


いつもはむかつく妹だが、今回はよくやってくれた。


俺の目には涙が浮かんでいた。この小さな妹が、意図せずして大きな奇跡を起こしてくれた。


「え、なんのこと?」


美咲は何に感謝されたか分かっていない。それも当然だろう。彼女にとっては、ただの落書きだったのだから。


「美咲さんは、素晴らしいことをしたのですよ。人の命を救ったのです」


司書が優しく説明した。


「え〜、そうなの?よく分からないけど、よかった!」


美咲の無邪気な反応に、俺と司書は思わず微笑んだ。


「美咲、2週間頑張れるか?」


「うん!ここのお仕事、意外と楽しいし。逆に、いたずら書きの弁償がこの程度でよかったよ。」


「美咲さんは理解が早く、とても良い司書になりますよ。残りの期間も、しっかりとサポートさせていただきます」


美咲の無邪気な笑顔を見て、俺は安堵した。彼女は2週間の司書期間を終えれば、現実に戻れるだろう。そして、月原さくらも。


俺の覚悟は一体何だったんだろう。しかし、結果的にすべてがうまくいった。本当に、よかった。


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