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夢図書館  作者: パン田
15/19

実行

病室のベッドで目を閉じた俺は、意識が薄れゆく中で、いつものように夢図書館の入口に立っていた。相変わらずのひんやりとした空気と、どこまでも続く白い空間。しかし今日は、いつもとは違う緊張感が俺を包んでいた。心臓の鼓動が早く、手のひらに汗がにじんでいる。


今日の目的は明確だった。月原さくらの本を借りて意図的に延滞し、俺が司書になることで彼女を救う。この計画が成功するかどうかは分からないが、他に選択肢はない。


俺は迷うことなく、カウンターへと向かった。そこには、以前一度見た黒服の男性司書が立っていた。俺の姿を認めると、彼の表情がパッと明るくなった。まるで本当に久しぶりの再会を喜んでいるかのようだった。


「いらっしゃいませ、悠馬さん。今日はどなたの本をご希望でしょうか?」


司書の声には温かみがあり、まるで久しぶりに再会した友人に話しかけるような親しみやすさが感じられた。この司書は、なぜこんなにも俺に親切にしてくれるのだろう。会うのも2回目のはずなのに、まるで俺のことを昔から知っているかのような態度だった。


「月原さくらの本を貸し出しでお願いします」


「月原さくらさんの本ですね。かしこまりました。少々お待ちください」


司書は穏やかな笑顔を浮かべながらカウンターの奥へと向かった。その後ろ姿を見ながら、俺は自分の決意を再確認していた。これから起こることの重大さを、改めて実感する。


短時間で司書は一冊の本を持って戻ってきた。あの見慣れた藍色の表紙が目に飛び込んできた瞬間、俺の心臓の鼓動がさらに速くなる。この本には、月原さくらの過去と未来のすべてが記されている。彼女の死の運命も、この中に書かれているのだ。


「こちらの本は返却期限が明日、3月10日となっております。返却期限は厳守するようお願いします」


司書は本と返却期限が記された紙を俺に差し出してくれた。その時、彼の表情に微かな心配の色が浮かんだ。


俺は迷いなく「はい、大丈夫です」と答えたが、内心では複雑な感情が渦巻いていた。この「大丈夫です」という言葉は、ある意味で嘘だった。俺は意図的に延滞するつもりなのだから。


「たった一日か……」


紙に書かれた日付を見て、俺は思わず呟いた。明日の3月10日が過ぎれば、俺は延滞者となり、ペナルティを受ける運命が待っている。現実世界での自由な生活は、あと24時間しか残されていない。


「悠馬さん、もしかして何かお困りのことでもありますか?」


司書は俺の表情の変化を敏感に察知し、心配そうに身を乗り出した。その瞳には温かさが宿っている。なぜこの司書は、こんなにも俺のことを気にかけてくれるのだろう。


「いや……ただ、少しお聞きしたいことがあるのですが」


「もちろんです。何でもお聞きください。私の知っている限りのことは全てお答えします」


司書の態度は実に親身で、まるで古い友人が困っている時に手を差し伸べてくれるような温かさがあった。こんな心強い味方がいてくれることに、俺は少し安堵を感じた。


「ペナルティについて詳しく聞きたいんです。本を延滞した場合、必ず司書になるのでしょうか?それとも、他の選択肢もあるのですか?」


司書は一瞬、深く考え込むような表情を見せた。そして、周りを見回して他に人がいないことを確認すると、カウンター越しに身を乗り出し、声を落として話し始めた。


「悠馬さん、正直にお聞きします。もしかして、意図的に延滞をお考えですか?」


そ洞察に、俺は思わず息を呑んだ。まさか、こんなにも簡単に見透かされるとは思わなかった。俺の表情や態度から、何かを感じ取ったのだろうか。


「延滞された場合、通常は司書としてここで働いていただくことになります。ただ、意図的な延滞の場合は、どのようなペナルティになるかは私にもわかりません。そちらは管理者の判断になるかと思います」


司書は、俺の目をまっすぐに見つめて続けた。その眼差しには、理解と同情が込められていた。


「ただ、私はここでは何も聞かなかったということにしておきますので、ご安心ください」


司書は俺を見て微笑んだ。その笑顔には、俺を守ろうとする意志が感じられた。


「すみません、なぜそんなに親切にしてくださるんですか?」


俺は思い切って尋ねてみた。司書は少し困ったような、それでいて優しい表情を浮かべた。


「それは、守秘義務があります。でもまぁ、恩返しですかね」


司書は遠くを見つめて微笑む。何かを懐かしむように。俺には何の恩返しか、全く見当がつかない。これもまた小学5年生の記憶の空白と関係があるのだろうか。


「もう一つ質問してもいいですか?もし、俺が司書になった場合、現実世界の時間はどのように進むんですか?」


「それは重要な質問ですね」


司書は親切に説明を始めた。


「司書としてこちらにいる間は、現実世界の時間は通常通り進みます。現実での体は深い眠りについたような状態になりますが、健康な状態を維持できるはずです。家族や友人から見れば、ただ眠り続けているように見えるでしょう」


この情報は非常に重要だった。つまり、俺が司書になっている間、現実の俺は眠り続けるということだ。今の月原さくらのように。


「そして、司書の任期が終わって現実世界に戻ったら、意識が戻ります」


「任期というものがあるんですか?」


「はい。通常は、延滞した期間と同じだけ司書として働いていただきます。ただし、特別な事情がある場合は、管理者が個別に判断することもあります」


「あと、もし延滞した本の代わりに、他の人がその本を返却することは可能ですか?」


司書は温かい笑顔で答えた。


「はい、もちろん可能です。本の返却者が借りた本人と異なっていても、問題ありません。月原さくらさんが借りた水瀬悠馬さんの本をあなたが返却したようにね」


確かに、そうだ。あの時問題がなかったのだから、今回も大丈夫なはずだ。ということは、もし俺が司書になった後、誰かが月原さくらの本を返却してくれれば、俺は司書の任期を終えることができるということだ。


「最後に、未来を変えた代償について聞きたいのですが、あれはどういう仕組みなんですか?」


「代償の仕組みは私も把握しておりません。どういう形で影響するかは、未来を変えてみないことにはわかりません。その仕組みは夢図書館の仕組みではなく、運命そのものの仕組みなのかもしれません」


「なるほど……色々教えてくれてありがとうございます。助かりました」


「どういたしまして。悠馬さんとさくらさんのお役に立てるのであれば、私も嬉しいです。何か他にもご質問があれば、いつでもお聞かせください。ただし……」


司書は声をさらに小さくして続けた。


「この話は『ここだけの話』にしてくださいね。知られてしまうと私も管理者から叱られてしまいますので。他の司書にもそういう質問はしないようにしてください。」


司書の言葉に、俺は深い感謝の気持ちを覚えた。彼は自分のリスクを冒してまで、俺を助けようとしてくれている。


「分かりました。絶対に秘密にします」


「ありがとうございます。それでは、お気をつけてお帰りください。悠馬さんの決断が、良い結果をもたらすことを祈っています」


司書の最後の言葉には、俺への深い理解と応援が込められていた。


本と返却期限の紙を受け取ると、俺の意識はゆっくりと夢図書館から遠ざかっていった。司書の優しい笑顔が最後まで俺の心に残っていた。


---


まるで最初から現実世界に存在していたかのように、俺の手の中には、あの藍色の表紙の本が握られていた。


意識が戻ると、病室の白い天井が見えた。俺は慌てて手元を確認する。そこには、確かにあの月原さくらの本があった。夢で見た本の質感そのままに、現実の世界に存在している。四葉のクローバーの栞も、依然として俺の手の中に握られていた。


「よし……」


俺は小さく呟いた。これで第一段階はクリアだ。しかし、司書から得た重要な情報により、この計画は、成功する可能性が高いものとなった。『管理者の存在』、『ペナルティの種類』、そして『返却に関するルール』、『代償の仕組み』。


残された時間は刻一刻と迫っている。3月10日、つまり今日が返却期限。そして、その先に待っているのは、俺の人生を完全に変える重大な選択だった。


窓の外は少し明るくなり、夜が明けてけていく。病室の静寂の中で、俺は月原さくらの本をそっと開いてみた。彼女のページには、3月21日に死ぬと文字が書いてある。必ず彼女を救ってみせる。その決意を胸に、登ってくる朝日を見つめた。

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