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夢図書館  作者: パン田
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病室に重く沈む空気の中、俺と陽平は長い沈黙を続けていた。窓から差し込む午後の陽光が、白いシーツの上に複雑な影を落としている。月原さくらが9年間も夢図書館に縛られ続け、そしてこれから死を迎えるという残酷な未来。それは、9年前の俺の死の「代償」として科せられたものかもしれない。


この事実にたどり着いてしまった今、俺の頭の中に一つの恐ろしい、しかし論理的な可能性が浮かび上がっていた。それは、あまりにも単純で、あまりにも残酷な解決策だった。


「陽平……もしかして、俺が……俺が死ねば……月原さんは助かるんじゃないか?」


俺の口から出た言葉は、鉛のように重く、病室の静寂に吸い込まれていくようだった。言葉にした瞬間、その恐ろしさが改めて俺自身を震撼させた。陽平はハッと目を見開き、まるで信じられないものを見るように俺の顔を凝視した。


「悠馬!何言ってんだよ!?そんなバカなこと、考えるんじゃねえ!」


陽平は慌てて椅子から立ち上がり、俺の肩を掴んで強く揺さぶった。その顔は焦り、普段の冷静さは完全に失われていた。しかし、俺の頭の中では、この恐ろしい仮説がますます現実味を帯びていく。


「でも、考えてみろよ。すべての流れが逆なんだろ?俺が死ぬはずだったのに、月原さんが助けてくれた。その代償を彼女がずっと払い続けてきたんだ。だったら、俺がその代償を引き受け直せば、彼女は元の運命から解放されるんじゃないのか?」


俺の理論は、論理的でありながら同時にあまりにも短絡的で、そして何より残酷だった。だが、月原さくらを救う他の方法が、どうしても見つからない。命の「代償」という法則が、こんなにも直接的に、そして非情に俺たちの前に立ちはだかっている。


陽平は俺の言葉を聞いて、ぐっと唇を噛み締めた。彼の瞳には深い葛藤が浮かんでいる。俺の本を何度も読んで、幾度となく俺を救ってきた陽平だからこそ、この「代償」のメカニズムの残酷さを誰よりも理解できてしまうのだろう。


「そんなこと……そんなこと許されるわけないだろ!月原さくらが助けてくれたのは、お前を助けたかったからだ!お前が死んで彼女が助かったって、彼女が喜ぶわけない!むしろ、彼女を苦しめることになるじゃないか!」


陽平は必死に反論した。その声には、友人として俺を失いたくないという切実な思いが込められていた。彼の言う通りだ。彼女が俺を救ったのは、俺に生きてほしかったからに違いない。しかし、だからといって、このまま彼女を見殺しにするなんて、俺の心が許さない。


「じゃあ、どうする?他に方法があるか?時間ももうないし……。」


俺の声は震えた。死というものの恐怖。自分はまだ生きていたい気持ちが明確に存在していることを実感する。


この絶望的な状況に、思考が完全に堂々巡りを始めている。病室の時計の針だけが、容赦なく時を刻み続けていた。


陽平は俺から視線を外し、深呼吸を繰り返した。彼の脳裏にも、月原さくらを救うためのあらゆる可能性が駆け巡っているのだろう。しかし、どの道筋も行き詰まりを見せているようだった。


「もう少し、考える時間が必要だ。必ず、別の方法があるはずだ。誰の命も犠牲にしない方法が。きっと解決策が見つかる」


陽平の言葉は、確信に満ちているようには聞こえなかった。それでも、彼が俺の自暴自棄な提案を即座に否定してくれたことに、俺は救われた。俺は一人じゃない。


陽平の言葉を受けて、俺は必死に別の可能性を探していた。月原さくらが助かる方法。誰の命も犠牲にしない方法。その時、俺の頭の中に、先日夢図書館で月原さんが言った言葉が鮮明に蘇った。


「これで私も、この図書館から解放されます」


解放されたら死ぬ。ならば、解放されなければ、死なないのではないか?


「陽平……もしかして、さくらは夢図書館にいる限り死なないってことはないか?」


俺の言葉に、陽平は訝しげな顔をした。眉をひそめて俺を見つめている。


「どういうことだ?もう少し詳しく説明してくれ」


「考えてみろよ。さくらは現実世界に帰ってきたら死ぬという運命を背負っているかもしれない。ということは、逆に言えば、夢図書館にいる間は、彼女は死という運命から逃れられているとも考えられないか?」


俺の発言に、陽平は目を見開いた。それは確かにあまりにも突飛な発想だった。しかし、同時に、これまでの「代償」の法則を逆手に取った、唯一の希望のように思えた。


「なるほどな…。その可能性は確かにある。だが、確実とは言えないぞ。そもそも、本当に月原さくらが3月21日に夢図書館から解放されるのかもわからないだろう。推測の域を出ない」


陽平は慎重に反論した。彼の言う通りだ。俺たちは確証のない仮説に基づいて行動しようとしている。しかし、他に選択肢がない以上、この可能性に賭けるしかない。


「確かにそうだ。でも、さくらの本を読んだ時のことを思い出してみろ。小学五年生のページから一気に2025年3月21日のページに飛んでいたんだ。これって、夢図書館の司書である期間は本に記載されないと考えられないか?つまり、司書としての時間は、通常の人生の流れから外れているということだ」


陽平は顎に手を当て、しばらく深く考え込んでいる。その表情からは、俺の仮説を様々な角度から検証しようとする思考が読み取れた。


「うーん…。確証はないが、あり得る話だな。つまり、夢図書館にいる間は通常の時間軸から切り離されていて、死なないと仮定できるってことだな」


「そうだ。だから、こうも言えないか?死の回避手段として、夢図書館の司書になるという方法があるのではないかと」


「悠馬、お前もしかして……」


陽平の表情が急に険しくなった。俺の考えていることを察したのだろう。


「ああ。今度は俺が、さくらの代わりに夢図書館に縛られる。俺が本を借りて、意図的に延滞するんだ。そうすれば、彼女は図書館に縛られ続けることになって、死なずに済むかもしれない」


それは、月原さくらが俺のために犠牲になった道を、今度は俺が辿るということを意味していた。9年前の彼女と同じ選択を、俺がするのだ。


「でも、お前…そうなると一生夢図書館に縛られることになるかもしれないぞ。本当にそれでいいのか?現実世界での人生をすべて諦めることになるんだぞ」


陽平の声には、深い心配が込められていた。彼は俺の決意の重さを理解しているからこそ、最後の確認をしているのだ。


「それでも、彼女が死ぬよりはずっとマシだし、俺も死ななくて済む。それに、夢図書館で働けば、新たな解決方法が見つかるかもしれない。俺は、さくらに生きていてほしいんだ。彼女には、司書としてではなく、一人の人間として自由に生きる権利がある」


9年間も俺を救うために尽くしてくれた彼女を、このまま見殺しにするなんて、絶対にできない。たとえ俺がその代償を払うことになっても、彼女の命を救いたい。


陽平は俺の顔をじっと見つめた。その瞳には、葛藤と同時に、俺の覚悟を理解した色が浮かんでいた。


「……わかったよ。お前がそこまで覚悟を決めているなら、俺も全力で協力する。でも、どうやって確実に司書になるんだ?延滞したら、必ず司書になれるという保証はあるのか?」


陽平の指摘はもっともだった。夢図書館のルールには、まだ謎の部分が多すぎる。俺たちは手探りで進むしかない。


「正直なところ、わからない。だから、保険としてさくらの本を手元に置いておこう。俺がさくらの本を借りる。そして、それを意図的に延滞する。その本を陽平に預かっててもらおう。」


陽平は俺の言葉に目を見開いて驚いた。予想していたとはいえ、実際に聞くと衝撃的だったのだろう。彼の表情には困惑と心配が混じり合っていた。


「月原さくらの本を?なぜだ?」


「考えてみてくれ。俺が彼女の本を延滞することで、俺が再び司書に縛られることになれば、彼女の未来が変わるはずだ。その変化を、陽平に観測してほしいんだ。もし俺が延滞しても未来が変わらなかったら、この方法は無意味だということがわかる。そうしたら、すぐに別の手段を考えなければならない」


俺は自嘲気味に笑った。自分でも、この計画がどれほど危険で不確実なものかは十分に理解している。しかし、他に選択肢がない以上、この賭けに出るしかない。


陽平はしばらく沈黙を保った後、ゆっくりと口を開いた。


「……なるほど。悠馬が司書になって、月原さくらが現実で死なないかを月原さくらの本で把握すればいいってことだな?つまり、お前が彼女の代わりに犠牲になることで、彼女の運命を変えようということか」


陽平の声には、友人を失うかもしれないという恐怖が滲んでいた。しかし、同時に俺の決意を理解しようとする意志も感じられた。


「もし、月原さくらの本に想定外の変化があったら、俺が夢図書館に行って本を返却すればいいんだな。そうすれば、お前は現実世界に戻れるという算段か」


陽平が計画の詳細を補足してくれる。彼の論理的思考が、この危険な計画に少しでも安全性を与えてくれているようだった。


「そうだ。今日の夜、夢図書館に行って月原さんの本を借りて、現実に持ってくる。そのあと、返却期限が過ぎた後にさくらの本と栞をどこかに置いておくから、回収に来てほしい」


俺は栞を取り出し、陽平に見せた。その瞬間、まるで自分の運命を他人に託したような感覚に襲われた。


「わかった。必ず回収する」


陽平は力強く頷いた。その表情には、深い責任感と友情が刻まれていた。月原さくらの命まで、残り12日。時間は確実に迫っている。


「でも、夢図書館についてもっと詳しく知る必要がある。俺たちが知らないルールや勘違いしていることがあるかもしれない」


陽平が建設的な提案をした。確かに、情報不足で失敗するわけにはいかない。これは月原さくらの命がかかった最後の賭けなのだ。


「それと、明日悠馬が現実に戻ってきたら、月原さくらの本を俺にも読ませてくれ。彼女の死に至る具体的な経緯を知ることで、それを回避する別の方法が見つかるかもしれない。3月21日の午後3時15分に何が起こるのか、詳細な状況を把握しておこう」


俺も頷いた。しかし、心の片隅では深い不安が渦巻いている。果たして、運命という巨大な力に逆らうことは本当に可能なのか。そして、その代償として、今度は誰が犠牲になってしまうのか。


「そうだな。できる限りの準備をして、この計画を成功させよう」


「悠馬…」陽平が立ち上がりかけて、振り返った。「もし何か異変を感じたら、無理をするなよ。」


「ありがとう、陽平。でも、俺はさくらを救いたいんだ。彼女には自由に生きる権利がある」


陽平は複雑な表情を浮かべながら頷いた。


「じゃ、また明日な。必ず戻ってこいよ」


そう言って陽平は立ち上がり、病室から去っていった。その足音が廊下に消えていくと、病室には静寂と、窓の外から聞こえる雨音だけが残された。


俺は天井を見上げながら、明日からの不確実な未来について考えていた。


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