現状
俺たちは、現状の情報を整理し始めた。病室の白いテーブルに、陽平が持参したノートとペンが置かれている。外では春の雨が静かに降り続け、窓ガラスに無数の雫が流れている。その音が、俺たちの重い話し合いに静寂を与えていた。
陽平は几帳面にノートに項目を書き出していく。意外と字が綺麗なのに驚く。普段の飄々とした態度からは想像できないほど、丁寧で読みやすい文字だった。
現状の確認
【1. 夢図書館の存在と機能】
個人の過去・未来の記録である「本」を閲覧したり、借りたりすることができる場所。夢の中に出現し、栞などの「持ち物」を枕元に置くとアクセスできる。
【2. 未来を変えることの代償】
本に書かれた未来を回避しようと行動すると、その結果として「代償」が発生し、予期せぬ形で別の誰かが不利益を被る。悠馬の事故がその例。このシステムは、運命の均衡を保つための自然法則のようなものと推測される。
【3. 悠馬の記憶喪失の理由】
小学五年生の時に悠馬の「本」が破損し、その期間の記憶が欠落している。本と記憶は完全に連動しており、本の損傷は直接的に記憶の欠落を引き起こす。
【4. 月原さくらの正体と運命】
彼女は小学校時代の悠馬の友人。悠馬の死の未来を知り、彼を救うために「本」を持ち出し、そのペナルティとして9年間夢図書館の司書を務めている。そして、3月21日に「死ぬ」予知がある。
【5. 月原さくらの解放】
悠馬の「本」が返却されたことで、月原さくらは司書としての役目から解放される。
夢図書館のルールとペナルティについて
【ルール】
* 本の閲覧と貸し出し: 個人の過去・未来の記録である「本」を閲覧したり、借りたりすることができる。ただし、借り出しには厳格な返却期限が設けられている。
* アクセス方法: 四葉のクローバーの栞などの「夢図書館に関連する持ち物」を枕元に置いて眠りにつくことで、夢の中の図書館にアクセスできる。
* 未来の改変: 本に書かれた未来を知り、現実世界で行動することで、その未来を改変することが可能。しかし、これには必ず代償が伴う。
* 本の返却:借りた本は、図書館のルールに従って返却する必要がある。延滞や破損には厳しいペナルティが課せられる。
【ペナルティ】
* 「代償」の発生
本に書かれた未来を回避しようと行動すると、その結果として「代償」が発生する。これは予期せぬ形で別の誰かが不利益を被る、あるいは死の運命が転嫁されるなど、深刻な影響を及ぼす可能性がある。
例1: 悠馬が美咲の交通事故を阻止した結果、悠馬自身が車に轢かれる事故に遭い入院した。運命は形を変えて現れた。
【本の紛失/破損】
本を紛失したり破損させたりすると、そのペナルティとして夢図書館の司書に任命される可能性がある。司書は、本が返却されるまで図書館に縛り付けられ、現実世界に戻れなくなる。
【本の延滞】
借りた本を期日までに返却しないと、夢図書館の司書として労働させられる。
「こんな感じか……」
陽平がノートにまとめ終えると、病室に重い空気が流れた。文字として整理されることで、事態の深刻さがより鮮明になった。
「でも、なんで12日も空いて月原さくらは死ぬんだ?悠馬の本を返したんだから、もう解放されるんじゃないのか?」
陽平が疑問を口にした。その疑問は、俺も感じていたものだった。単純に考えれば、本が返却されれば即座に解放されるはずだ。
「いや、多分だけど、本の延滞ペナルティはクリアだけど、本の損傷の方のペナルティが残っているとかじゃないかな?陽平も、俺の本のページが汚れているところ見ただろ?」
俺は自分なりの推測を述べた。陽平は顎に手を当て、深く考え込む。
「なるほどな。そういうことなら納得がいく。となると、もしかしたら、その『解放』自体が、彼女の命を奪うってことになるのか」
陽平の言葉に、俺はハッとした。
「つまり、司書として存在している間は死なないけど、解放されたら、もともとの寿命とか、彼女が本来辿るはずだった運命に戻ってしまう、ってことか?」
「そうかもしれない。あるいは、この図書館のシステム自体が、解放されると同時に、何らかの形で彼女に負荷をかけるのかもしれない。9年間も無理やり生かされていた反動とか、な」
陽平の推測は恐ろしかったが、妙に説得力があった。月原さくらは、俺の命を救うために、自身の人生を歪ませていた。その歪みが、解放される瞬間に、彼女自身の命を奪うのかもしれない。しかし、俺はもう一つの可能性があることに気が付く。
「陽平。もしかしら、月原さんが死ぬのは、9年前、俺が死ぬはずっだた未来の代償って可能性はないか?」
俺は震える声で言った。その言葉を口にすると、胸の奥が締め付けられるような痛みを感じた。陽平は険しい顔で頷く。
俺は病室の窓の外を見た。雨に打たれた桜の木が、風に揺れている。あの時、車に轢かれそうになったのは俺だった。そして、それを月原さくらが助けようとした。その結果、彼女は俺の本を落とし、失われた本と引き換えに、司書として夢図書館に縛られることになった。
「つまり、月原さくらが自分の時間を犠牲にして、お前の命を9年間も延ばしてた、ってことなのか?」
陽平の言葉が、俺の胸に突き刺さった。俺のせいで、月原さくらは死んでしまうのか。彼女が9年間も司書として図書館に留まっていたのは、俺が死ななかった「代償」を彼女がずっと引き受けていたからなのか。
「その可能性が十分にありそうじゃないか?俺が死ぬはずだった未来を変えたことで、その『死』という代償が、今度は月原さんに降りかかろうとしているんだ」
病室に重い沈黙が流れた。外の雨音だけが、静寂を破っている。あまりにも残酷な真実だった。美咲の事故を阻止した代償が俺の入院だったように、俺の死を阻止した代償が月原さくらの9年間の拘束、そして死。
「じゃあ、俺たちが今から月原さくらを助けようとしたら、また誰かに代償がいくってことなのか?今度は誰が、どんな形で犠牲になるんだ?」
陽平の言葉に、俺は答えられなかった。この連鎖を、どうすれば断ち切れるのだろう。運命の修正には必ず代償が伴う。それが夢図書館の絶対的なルールなのだ。
しかし、月原さくらを見捨てるという選択肢は、俺の中にはなかった。彼女の犠牲の上に成り立っている俺の9年間の人生。その重みを知った今、彼女を救わずにはいられない。
「それでも、俺は月原さんを助けたい。俺が助けられた恩もある。それに、彼女は俺のせいで、9年間もあの図書館に縛られていたんだ。そんな彼女が、ようやく解放されると思ったら死ぬなんて、あんまりだ」
俺の声には、強い決意が込められていた。理屈では説明できない、心の奥底からの衝動。
陽平は深くため息をついた。彼の表情には、俺の決意を理解する一方で、事態の複雑さに対する憂慮も浮かんでいる。
「わかったよ。お前がそう言うなら、俺も協力する。でも、慎重にいこうぜ。今度は、誰の命も犠牲にしない方法を考えないと」
12日間の猶予。俺たちは、その短い時間の中で、月原さくらの死の運命を変える方法を探さなければならない。そして、その過程で、新たな「代償」を生み出さない道を。




