猶予
病室の白い天井を見上げながら、俺は夢図書館での出来事を何度も頭の中で反芻していた。
「2025年3月21日 午後3時15分 病院にて、死ぬ」
その冷徹な記述が、まるで刻印のように脳裏に焼き付いている。今日が3月9日。残された時間は、2週間もない。
俺の命を救うために9年間も夢図書館に縛り付けられていた彼女が、ようやく司書の役目から解放されると思った矢先に、今度は死という最悪の運命が待ち受けている。そんな理不尽なことを、俺は絶対に受け入れることはできない。
昨夜、さくらに確認したところでは、陽平はすでに夢図書館の本を読んでいるため、夢図書館について話してもペナルティはないとのことだった。つまり、陽平は「利用者」として認められているということになる。
「チッ…」
思わず舌打ちが漏れた。俺に一体何ができるのだろうか?
まずは状況を整理する必要がある。そして、陽平に話すことだ。彼もまた、俺の本を読んで未来を変えようと行動してきた。夢図書館のルールでは、彼は正式な「利用者」だという。なら、すべてを打ち明けて相談に乗ってもらおう。俺は陽平に連絡を取り、病室に呼び出した。「夕方に行ける」と陽平から連絡がきた。
3月9日(日)16時、病室のドアが開いた。ドアの向こうから陽平の顔が覗いた。
「どうした?悠馬からの呼び出しなんて珍しいな。何か進展でもあったのか?」
陽平はベッドサイドの椅子に腰を下ろしながら、心配そうな表情を浮かべた。
俺は一度深く息を吸い込み、これから話すことの重要性を自分に言い聞かせて決意を固めた。
「ああ。現状の報告と相談したいことがある。」
「わかった。話してくれ」
陽平の真剣な眼差しを受けて、俺は意を決して口を開いた。
「じゃあ、まず最初に言っておく。俺は陽平と同じように、人の未来と過去を見ることができるんだ。夢の中で『夢図書館』というところに行くことができる。そこで本を借りて、その人の人生を読むことができるんだよ。この前、俺が美咲を追いかけていたのも、美咲が事故に遭う未来を事前に知っていたからだ。陽平が俺の本を読んで助けようとしてくれたように、俺も美咲の本を読んで、未来を知って、それを変えようとしたんだ」
陽平の表情が、最初の驚きから次第に真剣なものへと変化していく。彼の瞳の奥で、何かが理解されていくのが見て取れた。
「なるほどな…。俺が持っていた悠馬の本は、その夢図書館で借りることができる本の1つなんだな。ということは、全人類の本がそこにあるってことか?」
「その通りだ」
俺は、夢図書館の詳細な仕組み、司書という存在について、そして何より重要な月原さくらの本に書かれていた内容——俺が9年前に事故に遭った過去と、月原さくらが俺を救うために司書になった経緯、そして彼女に迫る死の予知まで、すべてを包み隠さず陽平に話した。
陽平は最初こそ半信半疑だったが、俺の真剣な言葉と、何より彼自身が体験してきた俺の「本」の存在が、徐々に彼を納得させていった。彼の表情は複雑に変化し、時には困惑し、時には深い理解を示した。
「まじかよ…。そんな、まるでおとぎ話みたいな話が現実にあるなんて…。でも、確かに俺は何度もお前の本を読んで、お前を助けてきた。この前の美咲ちゃんの事故を阻止できたのも、決して偶然じゃなかったってことだな」
陽平は顔を青ざめさせながらも、俺の話に真剣に耳を傾け続けてくれた。彼もまた、この不思議な「本」の力に翻弄されてきた当事者の一人なのだ。その事実が、俺たちの間に奇妙な連帯感を生み出していた。
「なら、陽平にもわかってもらえると思う。このままじゃ、さくらが死んでしまうんだ」
俺は声を震わせながら必死に訴えた。陽平は難しい顔で腕を組み、しばらく沈黙を保った。病室に時計の針の音だけが響く。
「そうだな…。でも、悠馬、未来を変えれば必ず『代償』がくるって話は、俺もお前も身をもって体験してきただろう?月原さくらの命を救うために、もしかしたら誰か別の人の命が犠牲になる可能性だってあるんだぞ?それでも、お前は彼女を救いたいのか?」
陽平の言葉が鋭い刃のように俺の胸に突き刺さった。それこそが、この問題の最も深刻で重要な核心部分だった。しかし、それでも俺は諦めるわけにはいかない。
「それでも、俺はさくらを助けたいんだ。俺が彼女に助けられた恩もある。それに何より、彼女は俺のせいで9年間もあの図書館に縛られ続けていたんだ。そんな彼女が、ようやく司書の重荷から解放されると思った矢先に死ぬなんて、あんまりにも理不尽すぎるだろう」
俺の声には、これまで胸の奥に押し込めていた感情がすべて込められていた。陽平は深く、長いため息をついた。
「…わかったよ。お前がそこまで強く言うなら、俺も全力で協力する。ただし、まずは今分かっていることを整理して、冷静に作戦を練ろう。感情だけで動いても、きっと上手くいかない」
陽平の言葉に、俺は心の底から安堵を感じた。一人では到底太刀打ちできない問題でも、信頼できる友人と一緒なら、きっと解決の糸口を見つけることができるはずだ。
「ありがとう、陽平。本当に助かる」
「ああ、今度酒でもおごってくれ」
陽平は笑いを浮かべながら、ベッドサイドのテーブルからメモ帳とペンを取り出した。
「それじゃあ、まず現在わかっている情報を整理してみよう。月原さくらの死亡予定日時は2025年3月21日の午後3時15分、場所は病院。残り時間は約2週間。そして、彼女の死因については何か手がかりはあるか?」
俺は必死に記憶を辿った。さくらの本に書かれていた内容を思い出そうとする。
「確か…死ぬとしか書かれていなかった。具体的な原因については触れられていなかったと思う」
「なるほど。それなら、まずは彼女の健康状態を調べる必要があるな。何らかの病気を患っている可能性もある」
陽平はメモを取りながら、論理的に問題を分析し始めた。彼の冷静さが、感情的になりがちな俺にとって心強い支えとなっていた。
2週間もない限られた時間の中で、俺たちは月原さくらの命を救う方法を見つけなければならない。それは決して簡単なことではないだろう。
しかし、陽平という頼れる相棒を得た今、俺は希望を抱くことができた。




