30.仮面の男
ガタガタと揺れ、堅い木の板が頬にあたり痛みが走る。ぼんやりとした視界も徐々にはっきりとしてきたが激しい頭痛に襲われ吐き気が止まらない。
---- ここはどこ?
布を被せられている為外の様子を見る事は出来ないが、振動と馬の足音から荷馬車に乗せられているのは難なく分かる。
痛みから思考が上手く働かない状態で、誰かの話し声が時たま聞こえて怖くなる。低い声は男性で間違いないけど、聞いた事のない声は常に誰かへ怒っていた。
---- さっきの人かな。
バルコニーで見た緑の瞳を思い出す。涙が溢れ手で拭おうとしても後ろで拘束されている為動かせない。気付けば足も縛られ口元には布が巻きついている。
---- 皆に会いたい。
両親が分かり、父から愛されていた事に心震えた。家族が出来、温かい気持ちで新たなスタートを迎えた筈。やっと皆を守れるとそう思ったのに---- このままではまた迷惑をかけてしまう。
何で私を連れてくの? どうして今日なの?
何が目的? 何処へ連れていくつもりなの?
何で? どうして?
頭の中が分からない事だらけでぐちゃぐちゃになる。涙が唯々溢れて自分の無力さを痛感し胸が苦しい。
「よし、着いたぞ! 旦那ー、例の娘を連れてまいりました」
「煩い男だ。まずは確認させろ、生きていなければ意味がない」
先程から怒っていた男性と、新たに登場した男性の声。
被されていた布が持ち上がっていき、ようやく外の景色が見えてきた。どうやら森の中にいるようで、月明かりを頼りに周りを見れば沢山の木に囲まれている。
此処どこ?
キョロキョロと目を動かしながら見ていると、仮面をつけた男性が口角を上げた状態で私の目の前に現れた。
「ふっ、生きているようだ。約束の報酬を渡そう」
「有難うございます! ではここで----」
「ああ、ルイス後は宜しく頼む」
仮面の男に担がれ荷馬車から下されたとたん、悲鳴と共に地面にドサっと何かが倒れるような音が耳に届く。
「終わりました」
「ご苦労様。これで足はつかないだろう。さあ我が城へ帰ろう」
静けさと仮面の男が話す内容から殺されてしまったのではと予測できる。人の死を久しぶりに感じて恐怖が襲いかかり体が震えた。
怖い---- 私も殺されるの?
馬車のソファへ下され直ぐさま身を縮める。角を背にして仮面の男を見た後、緑色の瞳を持つ男が乗り込んできた。
「安心しろ、殺しはしない」
仮面の男がそういうと私に手を伸ばし始める。何をされるか分からない、そう思った私は肩をびくつかせながら更に身を縮める事しか出来なかった。
「これで話が出来よう」
口元に巻き付けられた布が解かれ、息をするのが少しだけ楽になる。一先ず落ち着く為にも深く息を吸ってから深呼吸を繰り返した。
「ルイスに貴女を連れてきて貰った。今から我々の国へ向かう予定だ」
ルイスは緑色の瞳の男で間違いないだろう。先程までいた男は誰なのか気になるが、今はそれを確認する事ではない。何処の国の者なのか---- 何故自分を連れていくのか聞いてみる事にした。
「貴方達の国って? 何故私を連れ出すの?」
「貴女は思いの外気弱くはないようだ。しかし質問にはまだ答えられない」
「どうして----」
「我々の国に着くまでは安心出来ない。城に着いた時、質問に答えよう」
「じゃあ、今此処は? 此処は何処なの?」
「今我々がいるのはサリーシャ王国の南。もうすぐナージ国へ着く予定だ」
ナージ? タジリアとは真逆の国だけど----
「私、何日眠っていたの?」
「ルイス、答えてやれ」
「はっ、今日で三日目です」
----- 三日?!
「三日も意識がないなんて----」
「騒がれては計画に支障をきたす為、薬を嗅がせて継続的に眠って貰いました」
起きた時にあった激しい頭痛と吐き気は薬のせい? そこまでして----
「いたっ----」
頭痛が再び起き、頭の中でガンガンと音を立てる。手を動かせず顔だけが歪み視界もぼんやりとしてきた。
「ルイス、薬を嗅がせ過ぎたのでは?」
「申し訳ありません。一過性のものだと思いますが----」
「まあいい、手に入ったんだ。とりあえず薬はあるか?」
「こちらに----」
「頭が痛むのであろう? 薬を飲め」
痛みを我慢してブンブンと首を横に振る。何の薬か分からないのに飲んではいけないと思ったからだ。
飲むのが怖い---- 痛みならまだ我慢出来る。
それからしばらく我慢していたが、馬車の振動のせいか逆に痛みは増し胃から込み上げる吐き気は強さを増すばかり。
もう駄目----
我慢出来ず馬車の床へ胃の中の物を吐き出してしまった。三日間何も口にしていないせいか、吐ける量は限られていて吐き出そうとしても胃液しか出ず喉が痛く余計にえずいてしまう。
「我慢するからだ。口を開け」
気力もなく脱力した体では、抵抗したくても何も出来ない。口を開かされ粉を入れられると、いきなり水を流し込まれた。体は水を求めているのか、ごくごくと喉を通っていくが時たまむせてしまう。
このままだとまた眠ってしまう。
強制的に水を飲まされた後、今度は疲れから意識を保つのが難しくなってきた。
眠ったら次はどうなるのだろう。また知らない場所で目を覚ますのだろうか?
誰か---- 誰か助けて----
皆の顔が頭に浮かんでくる中、私は再び意識を飛ばしてしまった。
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「今回は早い目覚めだな」
目を開けると明るい日差しが差し込む馬車の中。緑色の瞳をした男性が見えるが何だか見え方がおかしい。
ふと膝が目の前にあるのに気づき慌てて上体を起こす。どうやら眠っている間、仮面の男の膝に頭を乗せていたようだ。
「ごめんなさい」
「ふっ。気にしなくていい、頭の調子はどうだ?」
「もう大丈夫です----」
「ならば一度着替えよう。そのままでは辛かろう、食事も取った方が良い。ルイスあとどのくらいで着く?」
「予定通りに行けばもう少しかと----」
馬車の外を確認したくてもカーテンが閉じられている為、今の状態では確認する事が出来ない。ある程度の時間が経った時、馬車の進むスピードが段々と遅くなり止まった。
「到着したようです」
「人払いは済ませてあるな?」
「はい、勿論です」
緑色の瞳の男に担がれ馬車を降りる。私の目に映ったのはまず砂だった。風が吹くたびにサラサラと動く砂を見て驚く。
サリーシャ王国とはまた違う作りの建物へ入り、部屋に連れて行かれる。部屋には優しげな顔をした年配の女性が立っていた。
「この方の世話を宜しく頼む」
「分かりました。手や足を拘束されていますがどうされますか?」
「外しても構わん。変わりにこれをつけてくれ」
椅子に腰を下ろされた後、年配の女性が優しく微笑みながら私に話しかけた。
「私の事はリリーとお呼び下さい。このままでは傷が残ります。まずはこの縄を切ってしまいましょう」
優しそうな人---- 今までで一番安心出来るけど、あの人達の仲間なんだよね----
私の右足に何かを嵌めた後、小型のナイフで縄を切り落とす。
自由になった足を少し動かしてみたが、縄で縛られていた場所以外痛いところはないようだ。
「この足に嵌めたのは何?」
「それは---- 逃げ出した時足が痺れて動かないようになります。お気をつけ下さい」
------ 魔道具かな。足を上に上げ見てみれば銀色に光る輪っかが目に映る。
女性はそのまま手を拘束する縄も切ってくれて、私は手を引かれながら直ぐにお風呂場へ連れて行かれた。
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