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03 温室なら背後を取られない


 午後、部屋でだらだらしていると、遣いの侍女がきて温室に案内される。旦那様への贈り物は侍女が銀トレイに載せている。


「こんなちょっとしたものでも荷物持ちがつくなんて。公爵家はお金持ちね」

「いえ、旦那様への始めての贈り物ですから、ぜひ丁重にお運びして欲しいと侍女長が」


 侍女長、旦那様に過保護すぎる。私は侍女に声をかけた。


「あなた、案内が終わったらお仕事に戻ってもいいわよ」

「いいえ奥様、私も旦那様がどんなお顔をされるのか見届けたいので」


 屋敷の娯楽になっている?と思ったが侍女の顔には面白がる様子はなく至って真面目であった。


 屋敷の裏扉から外に向かうテラコッタのタイルを進むと、少し開けた場所に出て、白い温室が見えてきた。素敵だ。南方の別荘のような白壁に焼きレンガ色の屋根。北側以外の壁は大きな窓が嵌め込まれている。


 その温室の入り口に先ほどの給仕が立っていた。小ぶりの羽根付き帽子を被り、腰には帯剣している。


「あなた、護衛だったの」


 彼は私に騎士の敬礼をする。そしてまた遠くを見る。


「無口で別人みたいね」

「……」

「何か言ってくださらない?」


 護衛は私に目線を合わせず、口先だけ動かした。


「お前は口が悪いから喋るなと侍女長に言われまして」

「あらいいわよ、面白い話も聞けるし」


 すると護衛はニッと口角を上げて私に向き直る。


「そうですか?では奥様から()許可をいただいたということで」

「私から、も?」

「旦那様からも指南して欲しいから、遠慮なく話してくれと言われていまして」

「何の指南?」

「女性への接し方でございます」


 私は護衛の立ち姿を上から下まで眺める。制帽をかぶり、先ほどの黒服にコートを羽織り、ぐるぐると腰に巻いた革ベルトに長剣を引っ掛けている。上背もあり、肉体も資本の職業柄か、ほどよく筋肉がついて身体のラインがいい。濃いブルネットに青の瞳というのも、情熱の都と言われる南方領に多い組み合わせだ。


「あなた、旦那様よりモテるの?」

「いえ、旦那様よりも女性の好みが広い、というだけのことでございます」

「あら、私もそこに入るのかしら?」

「どう答えても首が飛びますので、ご勘弁を」


 ふーん。かわすのも上手いじゃない。


「なぜ朝は給仕を?」

「旦那様より奥様との会話を改善するのに私の所見(フィードバック)が欲しいと」

「要らないでしょう……」

「私もそう思います」


 護衛は意味深に間を開ける。


「奥様はすでに旦那様を好いておられますから」


 見透かしたように青の瞳が私を見る。私は少し後ずさりした。


「あれ、違いましたか」


 私は返事をしなかった。


「旦那様は人間関係の入り口は狭いですが、ともにお過ごしになればきっとその魅力にお気づきな……」

「知ってる」

「それは失礼しました」


 護衛はわざとらしく一礼する。


「であれば、早くお知らせになったほうが良いですよ。思いが増すほど、こういったものは言い辛くなるものです」

「わかっているわ」


 そう言って、ふんと顔を背けると、背けた先に旦那様がいた。


「いつまで話している」


 旦那様は色硝子を埋め込んだ扉の前で、突っ立っていた。来客があったのか、アイボリーのコートにきちんと家紋のブローチを刺している。ダークブロンドの髪もきっちりとまとめて絹リボンで結っていて、きりりとしている。お仕事スタイルもなかなか素敵だ。アーモンドの瞳は、強くこちらに向けられていた。


「入って」


 私の手を繋ぐと、旦那様が温室の中に引っ張る。


「お前は外」


 旦那様は護衛に向かって雑に言いつけ、侍女にも「君も外で」と伝えた。侍女は銀トレイを持ったまま、残念そうに入り口に残った。


 温室の中に連れ込まれ、その扉が閉まると音の数が減ったような感じになる。


「楽しそうだったね」

「見てたんですか」

「僕より会話が長かった」


 面白くなさそうにする旦那様を可愛いなと思った。

 ふふ、旦那様の話をしていたんですよ。と言いかけたが声が出ない。あれ、どうしたんだろう。


「ギナンと何を話していたの?」

「ギナン?」

「名を知らなかったのか。言わなければ良かった」

「ああ、あの護衛の」

「覚えなくていいから」


 護衛が名を伝えていなかったことに満足したのか、旦那様はそれ以上聞かなかった。私はほっとする。そして気がつく、旦那様とずっと手を繋いでいることに。温室は暖かい。私は手に汗が滲むような気がして恥ずかしくなってきた。


「旦那様、手を」

「あ、すまない」


 旦那様は握った手を少し緩めて、私の手のひらの下に滑り込ませ、それを少し高く持ち上げる。エスコートだ。

 そういう意味では無かったのだけど、こういう型があるものはお上手だなと思った。旦那様は温室の丸テーブルまで私を連れて行く。椅子をひいて私を座らせると、向かいに座った。完璧だ。


「ここは暑いな」

「涼しい場所に移動しますか」

「いや」

 旦那様は周囲をきょろきょろと見回す。

「ここなら背後を取られないから」

「背後」

「どうも屋敷の皆に聞かれているような気がして。考えすぎだとは思うが」


 たぶん、思い過ごしではないと思いますよ。壁に耳あり、シェードに目あり。公爵邸に、使用人の期待あり。


 訝しげに周囲を警戒する旦那様を見て、私は笑みが溢れた。


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