02 政略結婚の宴のあと
続編です。
01 は短編になりますので、時期を見て転載します。→転載しました(7/31)
「旦那様はどうして私を好きになったんでしょうか」
旦那様は手にしていたティーカップを落としかけた。それをキャッチしようと黒服の給仕が中腰になったが、旦那様がなんとか受け止めたので、また澄まして後ろに起立する。
「朝からする話か?」
「朝だと言えないような理由で好きになったんですか」
「な」
旦那様はお顔がみるみる真っ赤になった。否定していたけれど、やっぱり夜着姿を見たからだ。しかしそれを知っても嫌な気持ちはしなかった。旦那様が健全な男子で良かったと思う。
大丈夫わかっていますよ、というふうに私が温かい目で微笑むと、それを察した旦那様が慌てて言う。
「そうではない。皆の前で話したくないんだ」
そう言って、ちらちらと給仕と侍女長のほうを見る。使用人など壁や置き物と同じ、そう考える高位貴族は多いが、旦那様は違うようだった。この方は貴族にしては繊細すぎるのかもしれない。
「二人きりになった時ですね」
「また君はそういう」
旦那様は手の甲で頬を冷やしていたが、姿勢を正して切り出した。
「ああ、午前は立て込んでいるのだが、午後に庭の温室に……」
私はじっと旦那様の言葉を待つ。
「行きませんか。良ければ、なんですが。断ってくれても構わな」「行きます」
なんで敬語と思いながら食い気味に了承した。がんばると言っていた旦那様を堪能したい気持ちもあるが、早く安心させてあげたかった。こちらはウエルカムですよ?、と。
旦那様は安堵した表情を浮かべ、そうと決まればさっさと仕事を片付けよう、とでも言いたげにそわそわと席を立つ。
「では午後に。君はごゆっくり」
朝食サロンにひとりぽつんと残されると、私はすかさず侍女長に声をかけた。
「昨日買った贈り物を持って行ってもいいかしら」
「お喜びになりますよ」
侍女長のミモザはニコニコしている。
「でも、本当に旦那様はなんで私だったのかしら」
「ふつうにタイプなんだと思います」
「これ」
私のぼやきに答えたのは黒服の給仕だった。ミモザが嗜める。
「息子です」
ミモザにしては珍しく粗雑な振る舞いで、息子の背中をばちんと押してお辞儀を促す。給仕は礼をしてから付け加える。
「お会いになる前からトメオン様は、奥様の姿絵を、何回も引き出しから取り出しては見ていましたよ」
あの絵を?
にまっとした笑顔で姿絵を描かれて、変えてくれと言ったのにそれで方々に出されてしまった。抗議したら「男性が好むお嬢様の魅力はこれですので」と絵師は譲らなかった。ずいぶんマニアックで頑固な絵師だと憤慨したが、旦那様が一本釣りされていたとは。
「あら、でも爵位順に打診したのではなかった?」
「選帝伯までは爵位順ですが、その後は奥様が先頭だったと思います。各家より集めさせていただいた姿絵の中からトメオン様がその絵ばかりを見るので、大旦那様の計らいです」
ペラペラと話す息子を、ミモザは泳がしていた。私の旦那様への好感度が上がることであれば、ミモザは黙認する。
「ご成婚が決まってからは、ときおりその絵を見ながら『マイア嬢』『マイア』と、お名前で呼びかけるなどしており……うっ」
そのエピソードは微妙だと思ったのか、黒服の脇にミモザの肘が入る。
私は自分の容姿を思った。ごくふつうのブラウンの髪にヘーゼルの瞳。見た目は悪くはないが普通だった。しかも王都で流行りの、極限までスレンダーなプロポーションでもない。
「目を留めていただけるほどの容姿では」
「お好みの問題でしょう。王都の女性はみんな棒切れみたいだと、ぼやいていましたし」
ミモザは息子の発言の判定に困っていたが、「細くないのを気にしていたので良かったです」と私が言うと、準備していた肘を収めた。
「奥様、もともと細身のご夫人もおられますが、そうではない方が無理に体型を合わせるものではありません。まして食事を抜くなどもってのほかです。婚姻の儀の際には断食されていましたか」
どき。ミモザにはお見通しだった。
「もう、なさらないでくださいね。とてもバランスが取れていてお美しいと思います。もし気になっているお身体の部分があれば、教えてくださいませ。仕立てのドレスでなんとでもなりますから」
「でも旦那様の前ではドレスは脱ぐでしょう?」
「あら確かにそうですわね、おほほほほ」
「これが天然の破壊力か……」
そう言って給仕は侍女長から深い肘鉄を食らっていた。




