01-3 僕を愛することはないだろう
◇
外出の身支度をしながら私はミモザに問う。
「旦那様は、他の方からどのような理由でお断りされたのですか」
奥様ですから正直に申し上げますが、と前置きしてミモザは口を開く。
「これと言って取り柄がない。リードしてくれない。あたりが多かったですね。あとはアルデバラン公爵家はなぜ土地収入が小さいのですか、という確信に迫ったものもございます。ご令嬢はともかくお家の判断は三つ目でしょうね」
「旦那様は買い物は好きにしてくれとおっしゃっていました。もしかして浪費で火の車ですか」
「まさかまさか」
ミモザは大袈裟に驚く。
「アルデバランは健全経営でございますよ。旦那様は昔から社交が苦手でございまして、跡継ぎの可能性がないことを前々から悲観しておりまして。国へ領地没収になっても領民が困らなくて良いように、今のうちから公共事業や設備投資に資金を回しているのでございます。国の預かりになりますと、新興王領は支援を後回しにされやすいですから」
なるほど、超還元経営が故に内部留保が少ないのだ。婚姻による融資の工面を期待していたお家は、避けるかもしれない。
「そうとしても公爵家からの婚姻の打診を断れるものなのですか」
「今は断れますよ。ただセフィーナお嬢様が王室に入られた後は難しいでしょうね。王家の姻戚を断ることになりますので」
セフィーナ様は旦那様の妹君である。
「ですから旦那様はことに最近、お相手探しを急いでいたのです。相手方が断れなくなりますから。旦那様はお相手の意思を尊重したい方なのです」
ミモザはまた旦那様の好感度を上げにくる。まあ、うちはお父様が勝手にお決めになりましたけどね。
私は目を閉じて、旦那様を思い浮かべた。思い出すのは、動揺したり、恥ずかしさに呻いたり、頬を染めて何かを言い訳する姿だ。洗練された紳士とは言い難い。けれど昨日とは違って、今日の私は、旦那様のダークブロンドの髪も、アーモンドのような瞳も自然と思い出すことができた。
印象に残りづらいというだけで、お顔立ちだって別に悪くない。高位貴族にありがちな、女性への尊大さもない。なんたって公爵家だ。しかも健全経営の。みんな理想が高すぎないか?
これまでのご令嬢方が断ってくれて良かった、私はそう思った。
◇
夜、夫婦の寝室で待っていると、旦那様がやってきた。
「閨に来たのではない。貴方と話をしようと……え」
旦那様は口元を押さえて、立ち尽くす。
「昼に買い物に行ったのではないのか」
行った。行ったのだけれど、旦那様はこの夜着が好みだと言っていた。お好みならば別に新しいものを買い足す必要はないのでは?と思ったのだ。それに実家からは新妻セットとして色違いがたくさん送られていた。
「なぜ昨日の夜着を」
「正確にはこれは色違いで」
「色違い?」
「7色あります。1週間分とのことで」
「な、7晩!?」
そういうことになりますね。意味としては。旦那様はよろよろと長椅子に倒れ込む。
「1日ずれてしまいましたが」
「ずれてない。しないよ」
旦那様が即座に答える。私はこめかみを指で押し込んでいる旦那様を心配して、長椅子に近づく。
「ああ、こっちに来るな!」
強めに拒否されてしまい、さすがに足を止めた。私は棒立ちになる。
「すまない、違うんだ。僕が悪い。こちらの事情だ。上に何か羽織ってくれないか」
私は近くにあったガウンを羽織る。私が前のボタンをしっかり締めたのを確認すると、旦那様はようやく私の顔を見てくれた。
「君は誰とでもこういうことをするの?」
旦那様、どういう思考回路ですか。異国の恋愛小説の読み過ぎではないですか?
「一応これでも貴族の箱入りなので、乙女です」
「そういうことじゃない。政略結婚の相手なら誰とでも初夜をするのか、ということだ」
「そうですね。家が決めたことであれば」
旦那様は眉を寄せて、唇を噛み締めている。
「会ったばかりの初対面の男と、そういうことを?」
「だってそういう制度じゃないですか」
「そんなのおかしいじゃないか。会ったばかりの男が君と初夜をするなんて。その相手が僕だったとしても嫌だ」
「一体何を言ってるんですか」
私は距離を縮めて、旦那様の隣に座った。今度は邪険にされなかった。旦那様は空中を見ている。私は先ほどからの心当たりを旦那様に聞いてみる。
「旦那様は私のことが好きなのですか」
「……好きだ」
「会ったばかりなのに?それこそおかしいですよね?」
「な」
「夜着をまとった女性なら、誰でも好きになっちゃうんじゃないんですか」
「そんな訳があるか」
「信用できませんね」
旦那様は逡巡した後、切り出した。
「何回もある」
「はい?」
「夜着の女性を見たことは何回もある」
まさかこの旦那様がそんなにご経験豊富とは。
「恋人がいらしたんですか」
「違う。夜会で、いろんな女に何回も襲われたんだ」
ああ、なるほど、それでこの仕上がり。この拗らせは女難が過ぎた結果なのですね。
「君はデビュタントだけ?」
「はい」
「賢明な判断だ」
「そんなに夜会は乱れているんですか」
「あれを社交と呼ぶのなら、僕は独り身で結構」
「旦那様はもう既婚者ですよ?」
「いいんだ、じきに独身に戻る」
そうやってすぐ旦那様は閉じてしまう。私は即座にこじ開けに行く。
「ともあれ、旦那様は夜着に見慣れていると」
「ちょっとまとめ方に悪意が無いか?」
「夜着をなんとも思わないのでしたらあんなに怒らなくても」
「好きな女の夜着は別だ」
そう言って旦那様が私をじいっと見る。アーモンド色の瞳に私が映り込んでいる。色素の薄い上品な顔立ちだ。けれど頬は少し蒸気している。いつも頭の中でごちゃごちゃと考えているだろう旦那様の、知性が少し下がっている。そのことに、なんだかどきどきする。
「マイア」
「旦那様」
旦那様が私のガウンのボタンをひとつ外す。さっきは締めろと言ったのに。しかし旦那様はすぐに我に返った。
「ああっ、だめだ、白い結婚が無くなったらどうする」
「旦那様、それずっと言ってますけど、別に白い結婚じゃなくて良いですよ?」
ああ、残念ながら旦那様は手を引っ込めてしまった。そして私が白い結婚は不要だと伝えても無反応を決め込んでいる。私は少し話題を変える。
「旦那様は私の名前を知っていたんですね」
「そりゃあだって」
「なんですか」
「ええと、君のほうこそ僕の名前を覚えているのか」
「トメオン様ですよね?」
「もう一度」
「はい、トメオン様」
旦那様は私がその名を呼ぶのを味わいながら、ガウンの二つ目のボタンを外す。その流れで胸元に指を滑り込まそうとして、また「だめだ、あぶなかった」と言ってその手を引っ込めた。
「もう夫婦なんですから、大丈夫ですよ」
「夫婦だからという理由でしたくない」
「あの、それより適切な理由って存在しますか」
旦那様は苦笑いをする。
「そうじゃないんだ。役割の前に、貴方の心が欲しいんだ」
「心……」
「逃げ腰で悪かった。初夜のこともちゃんと考える。だからその前に、今より少しだけでいいから、僕のことを好きになってほしい。君に好きになってもらえるよう、男として努力するから」
旦那様が切実な目で私を見てくる。けれど、それは無理だと思った。今より好きになるのは無理。だってもうだいぶ好きだったから。
明日、旦那様に告白をしようか。旦那様はそういうの好きそうだから。信じないかもしれないから、今日のお昼に選んだお揃いのプレゼントとブーケを添えて。




